【第91話】究極ナビとドライブ
「忘れ物は無いか? 忘れたらしばらく取りに来れんぞ」
陽花のメンテナンスも無事終わり、夕花も動けるということで、みんな一緒に車で帰ることになった。
「麗香さん大丈夫ですか? アルコール残ってませんか?」
「ひと仕事したし、大丈夫だろう、アルコールチェッカーでも何でも持ってきてみろ」
すごい自信だけど、あれだけ飲んだら少し残ってるんじゃないか?
「私が測定しますので、息を吐いてみてください」
陽花にそんな機能付いてたんだ。知らなかったな。
「今回のメンテナンスで、口から水分を補給出来るようになりましたので、アルコールチェック機能も付きました」
あっ、なるほど、水とアルコールを間違えないための機能か、それなら必要か。
「ほら、どうだ、はーーーっ」
女の子に絡んでる酔っ払いの親父にしか見えないけど、これで売れっ子のフィギュア職人(じつは美人)なんだから、人生ってなるようになるもんなんだな。
「ギリギリ酒気帯びですね、呼気1リットル換算で、0.16mgです」
「なんだとー、たった0.01mgしかオーバーしてないじゃないか。30分ぐらい休めば何とかなるだろ」
いや、基準の0.15mg以下にはなるかもしれないけど、ゼロにはならないでしょ。
「そんなちょっと休んだくらいで、麗香さんに運転してもらおうと思う人だれもいませんよ」
「そう……なのか……じゃあ、帰りは明日にするか?」
「いや、無理でしょ、天音ちゃんも2泊だけの約束ですから」
「すみません、明日から塾が再開するので……」
いや、天音ちゃんが謝る必要はまったくない。悪いのは昨夜飲みすぎた麗香さんだ。
「車はオートマですよね?」
「ん? そうだが……まさか、無免許運転でもするのか?」
「いえ、免許は持ってますから、俺が運転して行きます」
どうして、この流れで無免許運転だと思うんだ。全員子供だと思ってるな。
「免許を……持っているだと……」
「いや、男子は高校卒業するか、大学入ってすぐに取る人多いでしょ。俺も高校卒業してすぐ取りましたよ」
俺は、財布から免許証を取り出して、麗香さんに渡した。
「確かにこれは、東京都公安委員会発行の本物の免許証……ふっ、しかしゴールドではないのだな」
麗香さんがバッグから免許証を取り出して、俺に見せる。確かにゴールドだ。
「免許取って2年かそこらで、ゴールドになるわけ無いじゃないですか……しかし、麗香さんゴールド免許なら、なおさら運転させる訳にはいきません」
酒気帯び運転なんかしたら、ゴールドどころか一発で免許停止だ。
「まあ、多少休んだところで、ゲップでもしたら、基準値超えてしまうからな。よし、涼也くん、君に任せた!」
といって、車のキーを渡される。最初から素直に渡せばいいのに……
「ナビはついてるんですよね? オートマでナビ付きなら、道も分かるし、何とかなります」
「ナビはついているが、地図は更新していないから、新しい道は無いかもしれんぞ」
「でしたら私がナ……「じゃあ、夕花がナビするよ!」」
陽花が何か言おうとしていたが、夕花がそれを遮ってナビを申し出てくれた。元々の知識が同じだから言わんとしてることは同じなのかな。
「じゃあ、夕花にお願いしようかな……大丈夫なんだよね?」
「うん、大丈夫だよ、大船に乗ったつもりで任せてよ」
その自信はどこから来るんだろう……まあ、陽花も家事は任せるように言ったりするから同じか。
「陽花も折角言ってくれたのにごめん」
「いえ、大丈夫です。夕花は私なので……」
ややこしいな。あとで悠二にどういう仕組みになってるのか聞いてみよう。
* * *
「そこの信号を左だよ、お兄ちゃん」
別荘を出発して、夕花のナビ通り順調に進んでいる。まあ、国道まで出てしまえば、道なりなので、しばらくはナビ無しでも大丈夫なのだが。
「そこのカーブを曲がると、海が見えるよ」
斬新なナビだな……確かに、カーブを曲がると前方に海が見えてきた。
「これが海なんですね……なんて大きい……大きすぎて大きさが測れません」
そういえば、陽花は海を見るの初めてなのか。いや、大きさは測れないだろ。どんなに頑張っても、見える範囲は全体のごく一部だ。
「その上、なんて美しいんでしょう。こんな世界があったなんて……」
ホント、海って見てて飽きないよな。特に夏の海は気分が高揚するし。
「見て見てお兄ちゃん! 船がたくさんあるよ!」
もはやナビをする気がないだろ。ずっと道なりだから良いけど……
「夕花ちゃん、運転する人は前を見てないといけないんだから、あんまりあちこち指さしちゃ駄目よ」
「うん、ごめんなさい。お姉ちゃん」
三千花に注意されて、しゅんとする夕花。
「夕花、前を見て運転してるから、指を差さなくても、船も景色もちゃんと見えてるよ」
「分かった。指は差さないようにするね、お兄ちゃん」
素直でよろしい。まあ、道を教えるときは指差しても良いけど。
「三千花さんがお姉さんで、涼也さんがお兄さんなんですね。どういう繋がりなんですか?」
陽花……ここで、それを聞いてくるんだ……いや、三千花と付き合ってることになってる設定とか話しづらいな。
「天音お姉ちゃんも、お姉ちゃんだよ。陽花お姉ちゃんも、お姉ちゃんだし……」
ナイスだ夕花。良い方向に話が変わってくれた。
しかし、麗香さんはお姉さんじゃないんだ……じゃあ何? とは怖くてきけないけど。
「夕花くん、私はどうなんだ?」
おっ、本人が聞くとは……勇気あるな。
「麗香お姉ちゃんも、お姉ちゃんだよ!」
「……そうか、私もお姉ちゃんか……」
大丈夫? 麗香さん、泣いてない? 泣き上戸か?
「あっ、あそこにおみやげ屋さんがあるよ! 何か買っていこう!」
もはや完全にナビじゃないな、おみやげ屋に案内されるとか。
でも、ひもの売ってるかな? アジの開き美味しかったし……
何か家に帰ってるというより、普通のドライブみたいになってきたけど、これも楽しいな。
いつまでも家に着かないで、こんな時間がずっと続けばいいのになと思う帰り道だった。