【第9話】天使はポニーテールと共に舞い降りる
「おっ、今日は早いですね、先輩!」
バイト先に着くや否や、天野天音が、笑顔で出迎えてくれる。高校三年生、エプロンを着たポニーテールの天使(仮)。天音ちゃん目当てで毎日買いに来る常連さんも多い。
「店長がさ、ボーナス時期で早めに入ってくれって」
「なるほど~。今日はけっこうハイペースですよ。冷蔵庫の補充お願いしま~す!」
はいはい、了解。なんだその自然な指示出し力。いつの間にそんなにバイト熟練度上げたんだ。
いつもは俺のシフトは21時からで、天音ちゃんとは入れ違いになるんだが、今日は20時入り。つまり、1時間一緒に働けるという特別タイムである。
この店は夜になると戦場になる。コンビニと言いつつ、酒屋が経営する特殊店舗で、ビール、日本酒、ウイスキーから地元産ワインまで揃ってる。おつまみもやたら豊富。つまり、夜な夜な「宅飲み勢」が押し寄せてくるのだ。
俺は冷蔵庫の裏手に回って、ビールや缶チューハイなど大量買いされて残りわずかな飲料を補充する作業に取り掛かる。夏場は「涼しそうで羨ましい」とか言われるが、薄着で入ると実際10分で風邪引く温度帯である。だが、あの汗臭いジャンバーを着るくらいなら寒いのを我慢した方がマシなので、動けば暖かくなる理論で、全力で最速補充モード発動。
それが終わると、次は倉庫からビールケースを運ぶ作業。瓶ビール1ケース=15キロ超。バイト始めた頃はヒーヒー言ってたが、今や余裕。週4のバイトが筋トレになり、結果、缶ビールのダンボールなんか「これは軽い部類」とか思っちゃうくらいには成長した。
ちなみに、深夜バイトのメリットはデカい。賞味期限ギリギリのお弁当をタダでもらえる、時給はいい、深夜1時には閉店で朝イチ授業にさえ出なければOK──という黄金バランス。大学生の中では最適解レベルのバイトと言える。
一通り品出しを終えると、ピンポンと鳴るレジの呼び出し。おっと、天音ちゃんが珍しく処理しきれないレベルの混雑らしい。
「応援入ります」
と、レジに飛び込む。以前はこの店のバーコード最速王は俺だった。でも今は違う。天音ちゃん、マジで早い。しかも笑顔を崩さない。プロだな。
しかし今日は混雑がガチ。俺も負けじとバーコード読み取って袋詰め。客の波はひたすら続く。
「シール貼ってきます!」
混雑がひと段落すると、即座に賞味期限間近の商品に値引きシールを貼る天音ちゃん。これもこの店の名物。目の前でお弁当を半額にしてくれる女子高生、人気が出ないわけがない。何だか天使に見えてきた。天音ちゃんファンのお客さんも目を細めて見ている。たぶん同じ気持ちだ。
しかし、最終的に残った弁当は俺が持って帰ることになるわけで、うーん、微妙だ。
だが、店長いわく「ロスがほぼゼロになった」とのことで、結果オーライ。天音ちゃんと俺のゴールデンコンビは、店の利益とSDGsにも多少なりとも貢献している。……たぶん。
そうこうしてるうちに、21時。天音ちゃんの上がり時間が近づく。
「先輩、そろそろ上がります!」
「おう、お疲れさま!」
「そういえばっ」
彼女がぽん、とポケットから取り出したのは、文化祭のチケットだった。
「来週文化祭あるんで、良かったらお友達も誘って一緒に来てください!」
マジか。まさかの招待。女子高生からの文化祭チケット。甘酸っぱい青春イベント、ここにあり。
「ありがとう!悠二も誘ってみるね」
バイト休みの日にうちに泊まりにくるから覚えられてるんだよね。まあ、しゃべらなければ背も高いし、日本人離れした顔立ちは女子高生にもウケが良いかも。
「はいっ!お待ちしてまーすっ♪」
そう言って、満面の笑みのまま更衣室に向かっていった。
……なんか、最近、女子と話すこと多いかも……もしかして、陽花効果かな……