【第89話】お風呂と、最後の夜
「それじゃ、お風呂に入って寝るか。流石に温泉じゃないがみんな一緒に入れるくらい広いぞ」
……それって、俺以外ってことですよね、当たり前だけど……
「えっ、お兄ちゃんも一緒に入れるの?」
「いや、流石に涼也くんはみんなと一緒ってわけにはいかんだろう、夕花と二人だけなら良いかもしれないが……」
いや、だめでしょ。流石に小学生の妹が居たとしても、一緒に入れる年齢を超えてるはずだ。
「だ、だめよ、夕花ちゃんは私たちと一緒に入りましょう」
三千花が夕花を引き止めてくれる。麗香さんの無責任な発言を止められるのは三千花だけだ。頑張ってくれ。
「わ、私もまだ未成年だから、一緒に入れるかもしれません」
ん? 天音ちゃん、だれと一緒に入るって? 夕花とだよね?……それだと未成年かどうか関係ないか……もしかして、俺とも?……いや、それも未成年かどうか関係ない。落ち着け、落ち着け。
「えっ、ちょっと、落ち着いて整理させて……涼也が一人で入って、女子4人が一緒に入るので良いのよね。はい、この話はこれで終了。早く先に入りなさい」
三千花も動揺しながら、話をまとめてくれた。そう、最初からそういう割り振りにしかならないのに、麗香さんが余計なこと言うから。
「私は水着持ってきてるから、良かったんですけど……」
天音ちゃんがボソッとつぶやく。いや、水着があるとかそういう問題じゃなくて、俺が水着持ってきてないし、駄目でしょ。
「夕花も水着持ってきてるよ。あと、お兄ちゃんのも」
そういえば、荷物の準備は夕花がしたんだった。なぜ、水着を持ってきてるんだ……ああ、伊豆だから泳ぎに行くと思ったのか?
「わ、私も海に行くかもと思って水着は持ってきてるけど……荷物取りに帰るときに麗香さんから連絡あったから……」
まさかの、三千花も水着持ちだった。いや、みんな、そんな早くから知らされてたのに黙ってたの?
「私も、泊まりに来る前に三千花さんから連絡あって、2日めは伊豆に行くからって……」
いやはや、知らぬは自分ばかりだったか。
「麗香さんが、俺に内緒にしてたのが悪いんですよ。責任取って何とかしてください」
「なるほど、水着で入るという手があったか。それじゃあ、みんな水着を持っていることだし、間を取って、みんなで一緒に入るか」
……どの案と、どの案の間を取ると、全員で一緒に入るっていう結論に至るんだろう。全然折衷案になってない気がするけど。
「やったあ! じゃあ、みんなで一緒に入ろう!」
しかし、夕花の鶴の一声で、みんなで一緒に入ることになるのだった。
* * *
――俺は今、広い浴室を一人で堪能している。4〜5人入っても余裕の大きさのお風呂だが、脱衣所は当然1つしか無く、先に俺だけ入って体を洗ってる間に、みんな着替えてくるからということだった。
「こっちから開けるまで、絶対に開けないでよ」
三千花が、振りともとれる発言をしていたが、だからといって、開けたら人生終わるのは確実なので、大人しく体を洗っている。
「水着のところが洗いづらいんだよな」
流石に水着を脱がないと、全身洗えないので、みんなが来る前に洗っちゃおう。
一旦、水着を脱いで、体を洗っていると、
「お兄ちゃん、夕花準備できたよ」
お風呂の扉を開けて、夕花が入ってくる。いやまて、こっちが準備できてないぞ。
しかも、開けた扉の向こうに、女子3人の下着姿が見えた気がする……すぐに閉まったのに、どうして、あんな一瞬で、こんなに鮮明に脳裏に焼き付くんだろう。こういうときの記憶力ってすごいな……
「いや、ちょっと、水着を着るから向こう向いててくれ」
慌てて、夕花にちょっと待っててと言うが、
「大丈夫だよ、夕花はもう着てるし」
と、夕花は白いワンピースの水着を見せてくる。胸元にリボンがあしらわれているが、それ以外は学校指定の白い水着という感じだ。小学生の水着って、こういうのしかないのか?
俺は、大慌てで泡を洗い流して水着を履く。
「もうちょっと待ってたら、背中洗ってあげたのに」
夕花がそういうが、そういう訳にもいかない。
「いや、俺が夕花の背中……じゃなくて髪の毛を洗ってあげるよ」
水着を着てるので、背中は洗えないが、髪の毛くらいは洗ってあげるか。普段頭の真ん中くらいからツインテールにしてるので、それほど感じなかったが、ほどいて髪をおろすと肩の下までくるくらい長い。
「ちょっと、もう、入って大丈夫かしら?」
「うん、大丈夫だよ」
水着を着終わったらしく三千花が聞いてくる。入って大丈夫かって聞くってことは、水着着てないところ見られということだ。そうすると、当然、向こうも見られたと思ってるはずだが、ここは冷静に見えなかったことにしなくては。
――お風呂のドアがあいて、三千花と天音ちゃんと麗香さんが入ってくる。さっき見えたのも、水着だったかもって思ったが、明らかに違うな……ということは……
「なんで水着着てなかったのよ」
「いや、みんなが来る前に、全身洗っちゃおうと思って」
そういえば、扉が開いた瞬間、三千花がこっち向いてたように見えたけど、こっちが三千花の方見てたのも見えてたってことだよね。
「何も見てないわよね……」
「はい、何も見てません」
嘘をつくときは多くを語るなと言われているので、ここは短く同意する。
しかし、遠目に見えた下着姿でもドキドキしたけど、水着を着てるとはいえ、お風呂に一緒に入っているっていうのも、同じくらいドキドキするな。
「すみません、プールのときと同じ水着で……」
いや、天音ちゃん、何も言わないのは三千花から問い詰められてるからであって、プールのときと同じ水着でがっかりしてるって訳じゃないから。むしろ、プールではみんな水着だったから、当たり前みたいな空気があったけど、お風呂で水着着てる天音ちゃんとか、間近で見るとものすごい破壊力だ。
「い、いや、せっかく似合ってるんだから、1回しか着ないのはもったいないよ。うん、すごく似合ってる」
「本当ですか……ありがとうございます……」
本人が嬉しそうにしてるから良いんだけど、こんな感想で大丈夫だったんだろうか。同じこと2回言ってるだけだし……
三千花と目が合うが、何やら無言の圧力を感じる。これは、水着を褒めろという訳ではないことは分かる。だけど、何を言おうとしているのかは分からない。
「まあ、些細な事故だったのだから、気にせず楽めばいいじゃないか。せっかく夕花もいる夏休みなんだから」
麗香さんがそういうと、三千花も少し圧が弱まったような気がする。フリフリのビキニ姿で言われると、全く説得感ないかと思ったが、意外と効果あったみたいだ。
「ほら、こっちはいいから、夕花ちゃんの髪の毛洗ってるんでしょ」
三千花は、今回、お風呂ということもあってか、パレオを外したビキニなので、体のラインがくっきり見える。細いだけかと思ってたが、出るところは出ていて、思春期の男子としては目のやり場に困る……が、チラチラと見てしまう。
「お兄ちゃん、早く洗ってくれないと、目が開けられないよ」
そうだね、シャンプーが目に入ってしみるかどうかは分からないけど、洗うのに集中する。でも、髪の毛は洗う必要があるのかと思うくらいサラサラだ。リンスとかしなくて良いのかな?
――髪の毛を洗い終わると、俺は先に湯船に浸かる。そうすると、必然的にみんなが洗ってるところが見えるわけだけど、なんか、堂々と女湯を覗いてるみたいで、ここに居て良いのかなって思えてくる。
「お兄ちゃん、洗い終わったよ」
体を洗い終わった夕花が、湯船の方にやってきて、俺の隣に浸かる。
「明日からメンテナンスだから、髪の毛も、きれいにしておきたかったんだ」
夕花がそう言うと、そういえば明日はお別れだったと、急に我に帰った。
「これで、心置きなく休めるよ。ありがとう、お兄ちゃん」
「いや、こちらこそ、夕花が居てくれて楽しかったよ」
お礼を言うのは、こっちの方だ。本当にありがとう。
――その後、みんなで湯船に浸かって、夕花との別れを惜しんだ。
俺だけじゃなくて、みんなそれぞれ、夕花が居た夏休みを楽しんでたんだな。
そして、お風呂を出ると、就寝の時間になった。
* * *
ベッドは4つしかなかったので(4つもあるのはスゴイのだが)、夕花が俺と寝ることになった……もちろん、夕花が泣きついてきたからだが……
ベッドの隣で丸くなっている夕花が、ポツリとしゃべる。
「メンテナンスは3ヶ月くらいかかるけど、明日までは一緒だよ」
そんなに掛かるのか……次似合うのは、もう冬になってるかな……
「うん、明日までは一緒だな」
そういって、指切りをする。
そして、夕花と俺は、小指と小指をつないだまま、寝てしまった。
お別れはつらいはずなのに、なぜか、包み込まれるような心地よい安心感がそこにはあった。