【第88話】夏の夜のバーベキュー
「夕花、バーベキューやりたい」
車に戻ると、充電中の夕花がそんな提案をした。しかし、車に普通のコンセントついてるって何気にスゴイな。
「おお、いいぞ、バーベキューセットは買ってあるからな、一度も使ったこと無いが……」
別荘だからバーベキューセットとか揃えたくなる気持ちは分かるけど、ちゃんと使う予定立ててから買ったほうが良いんじゃ……まあ、麗香さんにそんなこと言っても無駄か。
「大人の衝動買いが日本の経済を支えてるんだから、細かいことは気にするな」
初めて聞いたな、その説。あながち説得力が無くもないから不思議だ。
「でも、夕花は作る方なんじゃないか?」
バーベキューをやっても、食べられる訳じゃないんだから、作るだけで楽しいのか?
「それが楽しいんだよ、お兄ちゃん」
ん? そうなのか?
「そうよ、作る人と食べる人が一緒に楽しめるのが良いんじゃない。作る人の気持ちになってみるといいわよ」
三千花にそう言われると、確かにそうかもしれないなと思う。確かに一人で作ってるより、みんなでワイワイやりながら作ってる方が楽しいな。
「私も、バーベキューやってみたいです!」
天音ちゃんも目を輝かせてる。まあ、夕飯と息抜きが一緒にできていいかも。
「バーベキュー用の炭が置いてあるスーパーもあるから、そこに行ってみるか?」
麗香さんすごいリサーチしてあるんだな。やっぱり、やりたくてしょうがなかったのでは?
* * *
スーパーに到着すると、いきなり炭が置いてある。やっぱり別荘地だからバーベキューする人も多いのかな?
カートの下の段に炭を乗せると、いかにもバーベキューしますっていう感じになるな。ちょっとだけテンションが上がった気がする。
「バーベキュー用のお肉もあるみたいよ」
三千花の言う通り、バーベキュー用のカルビとか、スペアリブ?みたいのもあって、これは明らかにテンション上がるな。
「脂身の少ないお肉って、実は結構ヘルシーなんですよね。ダイエットにも良いって聞きました」
聞きましたって……ああ、茜ちゃんのネタか。もし一緒にバーベキューとかしたら、色々情報聞けたかもしれないな。
「お野菜もたくさん食べられるから良いんだよ」
夕花は、玉ねぎやらピーマンやらとうもろこしやら、色々カゴに入れてる。確かに、そんなに色んな種類の野菜を一度に食べられるって、スゴイなバーベキュー。
あっという間に、カゴ一杯になった食材をレジに運ぶ……途中で麗香さんがファミリーパックのアイスをこっそりカゴに入れてた……子供みたいだな。
* * *
買い物も終わって、別荘に戻ってくると、夕花と三千花と天音ちゃんが野菜や肉を切り分けてくれる。すごく広くて綺麗なキッチンだけど、麗香さんは使ってないみたいだ……かなりもったいない。
「あたりめを炙ったりはするぞ」
それは、料理じゃなくておつまみですよね。余計にもったいない気がする。
「3人でやると早いわね。じゃあ、運びましょうか」
あっという間に、食材が用意され、バーベキューの開始だ。
新品のバーベキューセットに炭を入れて火をつけようとすると、
「これが、着火剤だよ」
夕花が着火剤を使って火をつける方法を教えてくれる。たぶん、このメンバーでキャンプとかバーベキューとかの知識が一番あるのは夕花だよな。実に頼りになる。
「おっ、ついた、ついた」
バーベキューセットの準備と、着火剤に火をつけるだけという簡単な作業だったが、自分のノルマは終わったので、後は食べるだけだな。
「私は、麗香さんと一緒に飲むからね」
と、ビールを注ぎ合う三千花と麗香さん。しかし、未成年の天音ちゃんと、これから勉強を教える俺は、サイダーをグラスに注ぐ。夕花は水筒から水を注いだ。
「「「「「かんぱーい」」」」」
何のお祝いでもないが、みんながグラスに飲み物を注いだら乾杯してしまうのが、世の常だな。夕花は水を飲んで「ぷはー」とか言ってる……いや、水だよね?
「さっそく、焼くね」
夕花が、お肉とか玉ねぎとかとうもろこしとかを串に刺して豪快に焼き始める。ちょっと焼きめがついてきたら、焼肉のタレをハケで塗ってくれてる。いや、メチャクチャ美味そうなんだけど。
「しいたけは、お塩の方がいいよね?」
お肉はお預けで、先にしいたけの塩焼きをみんなに配ってくれる。いや、しいたけって塩で焼くだけでこんなに美味しくなるんだ。
「うん、ジューシーですごく美味しい」
拙い日本語力で美味しさを伝えると、みんなからは生暖かい目で見られる。目をキラキラさせて「ありがとう、次はお肉ね」と夕花が言ってくれるのでOKだろう。
「はい、お肉と野菜ね」
お肉と野菜が刺さった串を紙皿に載せてくれる。
「味はついてるけど、足りなかったら、このタレをかけて」
と言われるが、まず、タレをかけずに食べてみる。野菜にもタレが塗ってあったらしく、とうもろこしも、玉ねぎも、味がしみてて美味しい。
「うん、野菜が香ばしくって美味しい。タレなしでもいける」
またもや、少ないボキャブラリーで感想を伝えると、夕花は嬉しそうに、「どんどん焼くね」と言ってくれる。
「本当に美味しいわね。食べ過ぎちゃう」
「全部、焦げないように丁度良いところで、ひっくり返すんですね。さすがです」
「これはまた、ビールが進むな」
と3人からも称賛を受けながら、ちびちびと水を飲みつつ夕花は焼き続ける。
途中、巨大なキリギリスらしき虫が飛んできたが、夕花が腕にとまらせて、何やらアイコンタクトを送ると、キリギリスは去っていった。もしかして、昆虫と会話できるのか?
* * *
――なんだかんだ、食材が全てお腹の中に収まったところで、麗香さんがアイスを持ってきてくれて、そこでお開きになった。
「ごちそうさま、夕花、美味しかったよ」
「おそまつさまでした」
夕花がペコリと頭を下げる。やり切った顔だ。
気がつけば、外はすっかり暗くなっていて、夜空には満天の星が瞬いていた。
「綺麗ねー」
「ホントです。こんなにたくさんの星、初めて見ました」
「空気が澄んでいるからな」
「あれが、夏の大三角形だよ」
夕花がデネブ、アルタイル、ベガを教えてくれる。
――楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
余った炭を火消し壺に入れて蓋をする。こうしておくと次回も使えるらしいけど……次はいつになるんだろう。
「今度は、お鍋作るからね」
夕花がそう言った。そうか、次に会うときは夏が終わってるんだな。
その後は少しだけ天音ちゃんの勉強を見てやり、お風呂に入って寝るだけになった。
リビングのソファで充電しながら俺に寄りかかる夕花を見て、ふと思う。
――夕花との夏休み、もう終わっちゃったんだな。
でも、みんな楽しかったみたいだし、これで良かったんだろう。麗香さんにも感謝しないとな。
夏の夜は、静かに、ゆっくりと更けていった。