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【第87話】夏の湖畔にて

「ほら、もうすぐ着くぞ」


 木々の間を抜けると、急に視界が開け、眼の前に広がったのは――大きな湖だった。


「うわーっ、おおきい! こんなにお水がたまってるんだー、すごーい!」


 夕花が初めて見る湖に、はしゃいでいる。大きな水たまりを見つけた子供みたいだ。


「なんて綺麗なのかしら、水面に向こう岸の景色が映ってるわ」


 三千花が感嘆の声を漏らす。

 風ひとつなく、湖面は鏡のように静まり返り、澄んだ青空と森の緑を映していた。街中での生活に慣れた目には、まぶしいほどに透明だ。――こういう場所にたまに来るのって、本当に大事なんだな。


「あっ、ほらっ、水が透明で湖の底が見えますよ。すごいです!」


 天音ちゃんも、いつになくテンション上がってるな。こういう自然が好きなんだな。地球科学科志望っていうのもうなずける。


 ――観光客用の駐車場に車を停めると、湖畔はどうやら、一周できる遊歩道があるみたいだ。


「一周しても一時間くらいだが、歩いてみるか?」


「うん! 夕花、ぐるっと、まわりたい」


 まあ、夕花が言うなら、誰も反対はしないな。普段運動不足っぽい麗香さんが行くって言うんだから、そんなにきつくはないはずだ。


「お兄ちゃん! 早く行こう!」


 夕花が俺の手を取って、引っ張っていく。天音ちゃんは十八番を取られて残念そうな顔をしてるが、今日はゆずってくれるらしい。


「お魚さん、いるかな?」


 湖の淵から覗き込む夕花、手をしっかり握っておかないと、落っこちそうでヒヤヒヤする。防水性能は陽花と同じくらいあるのかな? まあ、お風呂に入ってたくらいだから大丈夫か……絶対手は離さないけど。


「あっ、あそこに何か動きましたよ!」


 天音ちゃんも湖を覗き込んで魚らしきものを発見したみたいだ。いや、そんなに覗き込むと落ちそうなんだけど大丈夫かな?


「いい空気ね、なんか、浄化されていくみたいだわ」


 一人暮らしって、色々自分でやらないといけないし、バイトで生活費も稼がないといけないから、常に動き続けてる感じがするな。それなのに、うちの掃除まで手伝ってもらって、頭が下がる思いだ。大いに疲れを癒やして欲しい。


「あそこに、何かいるよ」


 夕花が指さした先には、アヒルが泳いでいた。東京よりだいぶ涼しいとはいえ、同じ日差しが照りつける中、スイスイと泳ぐアヒルは気持ち良さそうだ。


「おいでー、こっちだよー」


 夕花が近づいていくと、アヒルが寄ってくる。なんだろう、セミのときもそうだったけど、アンドロイドって、意外と警戒されないのかな?


「かわいいわね、こっちにも来たわ」


「あっ、こっちにも来てくれました。かわいいですねー」


 三千花と天音ちゃんのところにも寄ってきてくれた。これは……餌をくれると思ってるのかな?


「野生動物には餌はあげない方が良いんだが、みんなが食べさせてるのかもしれないな。まあ、これだけ恵まれた環境に居るんだから、わざわざあげなくても、餌くらい自分で捕れるだろう」


「そうですよ、生態系は乱さないようにしないと」


 天音ちゃんも麗香さんの意見に賛成のようだ。環境を守るためにはそういう厳しさも必要なんだろうな。


「あっ、あそこにアヒルさんのボートがあります」


 うん、アヒルを見たばっかりだから、アヒルと間違えがちだけど、スワンボートだから白鳥だよね。

 ……って、中身は陽花なんだから、間違えなさそうなもんだけど、小学生モードだと、それらしい言動を学習して、それを基に喋るから、そうなるのかもしれないな。


「涼也お兄ちゃん、難しそうな顔してないで、ボート乗ろうよ」


 そう言われると、一も二もなく、スワンボートをレンタルする俺。なんか、こんなに自分がシスコンだったって、初めて知ったな。姉に虐げられてた分、妹ができたら、やさしくしようって思ってたのかもしれない……


「私も乗りたいです……」


「じゃあ、天音ちゃん、一緒に乗りましょうか、漕ぐのは力になれないかもしれないけど」


「ここで待ってるから、乗ってきたらどうだ。私はみんなが遊ぶのを見てる方が、創作意欲が湧くからな」


「三千花さん、私頑張って漕ぎますから、一緒に乗りましょう」


 ――スワンボートを借りて、水辺に漕ぎ出す。陸とは体感温度が違うな。さっきアヒルが泳いでたときの気持ち良さが少し分かった気がする。


「夕花がこいでみるね」


 タイミングを合わせるのが難しいみたいで、何回か逆に回転させてたけど、コツが分かったらスイスイ進むようになった。結構電力消費すると思うけど、バッテリー大丈夫かな?


「お兄ちゃん、また失礼なこと考えてるでしょ」


 夕花にまで考えを読まれてしまった。いや、でも、バッテリー切れになると、おんぶするのは俺なんだよね。


「そんなに心配なら、お兄ちゃんも漕いでみたら」


「よし、じゃあ交代だな」


 コツは、強く漕ごうと思わないで、左右の足をタイミングよくスピードに合わせて出していけば良いんだよね……って、あんまり前見ないで漕いでたら、三千花たちのボートとぶつかりそうになった。


「ちょっと、今のは避けなかったらぶつかってたわよ」


「ごめん、足元ばっかり見てて、前見てなかった」


「もう、ぶつかったら、また夕花ちゃんが放り出されちゃうじゃない。気をつけなさいよ」


 それは、電車のときのおじさんのこと言ってるよね。確かにここで投げ出されたら、湖の深いところに沈んじゃうのか。泳げるかどうかも分からないし、そこでバッテリーが切れたりしたら、大事になってしまう。


「夕花は浮くから大丈夫だよ」


 えっ、そうなの?


「呼吸してるみたいに、空気を吸ったり吐いたり出来るから、たくさん空気を吸っておけば、もともと軽いからちゃんと浮かぶんだよ」


 なるほど、普段じっとしてるときでも、息を吸ったり吐いたりしてるみたいに見えてたのは、本当に空気を吸ってたのか。まあ、その動きがないと不自然だし、必須の機能なんだろうな。


「お兄ちゃん、もうすぐ時間だから、元の場所に戻らないと……夕花が漕ごうか?」


 もはや信頼されていないのか、夕花にバトンタッチして、ボートを借りたデッキに戻る。


 こんなしっかりした妹が居るって幸せだな。最早、シスコンって言われても反論できないけど、受け入れても良いとさえ思えてしまう。


 この後、徒歩で湖畔を一周したけど、案の定、途中でメインバッテリーが切れそうになって、おんぶすることになった。

 でも、背中にしがみつく夕花の重さも、何となく愛しさを感じてしまう。


「俺、本当に夕花とお別れできるのかな?」


 明日のお別れを前に、この気持ちを何とかしないと……そう想う夏の湖畔だった。

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