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【第85話】突然の来訪者

「ほら、寝ぼけてないで、早く行くぞ」


 早朝から、ぶっきらぼうな声で起こされる。目を開けると、ぐるぐるメガネの女の子が俺の肩を揺さぶっている。


「……夕花……じゃない、ええっー! 麗香さん!」


 一緒に寝ていた夕花が居ないと思ったら、麗香さんに起こされてる? この状況は一体?


「やっと起きたか。すぐに準備しないと、置いていくぞ」


 えっ、どこかに行くんですかね……まだ朝の5時半だけど……そして、いつの間に来たんだこの人。


「朝ご飯を食べるんだろ、早くしろ」


 布団は、夕花に剥ぎ取られて、手際よく畳まれていく。そして、天音ちゃんがちゃぶ台を用意して、三千花が朝食を運んできている。準備できてないのは、完全に俺だけだった。


「……って、何も聞いてないんですけど、どこか行くんですか?」


「どこって、伊豆の別荘に決まってるだろ」


「初耳なんですけど!?」


「何だ、みんな本当に言っていないのか。確かに涼也くんには内緒だと伝えておいたが、本当に話していないとは……みんな律儀だな」


「えーっと、今日は天音ちゃんの勉強合宿2日目の予定なんですけど」


「まあ、伊豆で本当の合宿をするのだから、良いだろう。行き帰りの車の中で寝てもいいぞ」


「お兄ちゃん、荷物はつめてあるから、ごはん食べたら行くよ」


 仕度は夕花がしてくれたらしいから、忘れ物は無いと思うが、伊豆まで行くのに当日まで何も聞かされないなんて……扱いひどくない?


「おはよう、お味噌汁は飲みやすい熱さになってるから、早く食べちゃってね」


 三千花が料理を運び終えると、一緒に食卓につく。焼き鮭、目玉焼き、お新香、お味噌汁というシンプル朝食だが、こんなに時間ないときでも作ってくれるのは嬉しい。


 お味噌汁の具は何だろう、豆腐と、細長く切ったネギみたいなのが入ってる。食べてみると、これは茗荷の味だ。初めて味噌汁に入ってるの食べたけど意外と美味しい。


「茗荷のお味噌汁おいしいです。三千花さん、色々知っててすごいです」


 天音ちゃんが感心しているが、


「みんな食べたこと無いの? うちでは定番のお味噌汁だったんだけど……」


 と三千花は逆に驚いていた。茗荷って天ぷらとかにするものだとばっかり思ってたけど、豆腐の淡白さと茗荷の風味が絶妙にマッチしてて、確かにこれはまた食べたくなるかも。


「私も朝食を食べてこなければ良かったな」


「お味噌汁だけでもどうですか? まだ少し残ってますから」


 そういって、三千花がお味噌汁を麗香さんに勧める。


「おお、ありがたい。頂くとしよう」


 麗香さんは味噌汁をすすって「おお、これは中々だな」と満足げ。いったい何時に起きてきたんだこの人。


 そうして朝食を終え、俺たちは麗香さんの車で出発した。


* * *


「麗香さん、車の運転できたんですね」


「この眼鏡をかけないと運転できないがな、仕事で作品を運ぶことがあるから、ワンボックスは重宝しているぞ」


 麗香さんは、運転用の大きな黒縁メガネをかけてる。この眼鏡じゃないと、視界が狭すぎて運転できないんだろうけど、正直顔のサイズと合ってない。


 天音ちゃんは後で勉強するために、今は仮眠を取ってる。三千花は夕花としりとりしてるけど、AIに勝てるのか?


――しばらく行くと、左側の景色が開けてきて、海が朝日にキラキラと輝いている。


「わあー、うみだー! 夕花、うみ見るの初めて!」


 そうか、陽花のときにプールには行ったけど、海には行ってないか。食い入るように見つめている夕花が可愛くて、ついつい、その表情をみてしまう。


「綺麗ねー、夏の海って、どうしてこんなに輝いてるのかしら」


 三千花がそう言って、海を見つめている。その横顔も景色の一部のように夏に溶け込んでいて、まるで絵画から抜け出したみたいだ。そっちにも見とれてしまう。


「ここから、あと、1時間くらいだな。寝てても良いし、海沿いを走るから景色を見ててくれても良いぞ……」


* * *


 景色と、三千花と、夕花を眺めていたら、あっという間に目的地に到着した。山の中にポツンと建つ別荘。意外と広そうな建物だな。


「森の木々に囲まれていると、作業がはかどるんだ。別荘と言うよりアトリエだな」


 なるほど、ここでも創作活動をしているのか。


「どうぞ、入ってくれ、工房の方は散らかってるがな」


 案内された建物は、リビングだけでもかなり広い。大きなガラス窓の外には木々の緑が広がり、静かで落ち着いた空間だった。


「自然の美しさを目の当たりにすると、自分の創るものが、まだまだだと痛感させられる。それでも、陽花……いや、今は夕花だったな。彼女には持てる技術を全てつぎこんだんだが、どうだったかな?」


「正直、本当の妹のような気がしています。人が本来生まれたときに持っている純真さがそのまま形になって現れたみたいな、自然との調和すら感じられます」


「そう言ってもらえると、制作者冥利に尽きるな。だが、ちょっと話さないといけないことがあるんだ」


 そういって、俺を、工房の方に案内してくれる。そこには――

 眠るように横たわる、陽花の姿があった。

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