【第84話】お風呂のあと
「上がったよ、次どうぞ」
とりあえず、家主だから先にお風呂に入るようにと言われたので、さっさと洗って出てきた。人数が多いから、急がないと後がつかえる。
「次は、天音ちゃんどうぞ、お風呂から上がったらもう少し勉強するのよね」
「ありがとうございます。じゃあ、すぐに入っちゃいます」
「夕花も一緒にはいるー」
「うん、一緒に入ろう!」
といって、天音ちゃんと夕花がお風呂に行く。タオルとかは、夕花が分かるだろう。
まさか、家のお風呂に現役の女子高校生が入るなんて、思ってもみなかったけど、人生色々あるんだな……と感慨にふけっていたら、三千花から睨まれた。なんでだ。
「私と夕花ちゃんが居るから大丈夫なだけで、そうじゃなかったら逮捕よ」
まあ、それは分かってるし、そもそも天音ちゃんだけがうちに泊まるというシチュエーションが思い浮かばない。今回も、三千花と夕花が泊まりに来てるから一緒に泊まりたいという話になっていただけで、通常はあり得ない話だ。
「それにしても、ちゃんと先生してたのね。成績はどうなの?」
「数学が苦手だったみたいだけど、それが克服できつつあるから、良いほうだとは思う」
実際に受験生の家庭教師だったら、もっと模試の点数とか気にするんだろうけど、ちゃんとした塾にも行ってるから、それはそっちにお任せしてある。
「志望校はどこなのかしらね? 何か聞いてる?」
「いや、そういえば、どこなんだろう。そういうのは塾に任せてるから」
「そうなのね、まあ、あの理解力だと、かなり良いところ狙えるんじゃないかしら」
希望の大学に合格してくれれば良いと思うので、その辺は追々聞いてみよう。
――と、そんなこんな話を色々してると、お風呂の方から音がした。もう出るのかな?
「私、ちょっと行ってみるわね」
三千花が入れ替わりで入るから、見に行ってくれるみたいだ。やっぱり、同性じゃないとこの辺のサポートはできないから助かる。まあ、夕花も中身は陽花なので、お願いしちゃっても良いんだけど、小学生に頼んでるみたいで気が引ける。
「ええっ、そのパジャマなの?」
脱衣所から、三千花の声が聞こえるけど、大丈夫かな?
「ナイトブラとかも無いのかしら?」
ちょっと聞いてはいけない会話が聞こえる気がするけど、これ聞こえてていいのかな?
「さすがに、下にTシャツとか着たほうが良いんじゃない? ちょっと待っててね」
三千花が戻ってきて、天音ちゃんのボストンバッグを手に取った。俺に「何も聞いてないわよね?」って視線を投げかけられるけど……アパートの壁の薄さ、侮るなよ。
「バッグ持って来たわ。Tシャツは入ってる?」
「はい、あります。ありがとうございます」
「本当は高校生くらいからナイトブラはした方が良いのよ」
「そうなんですね」
「祖母がよく言ってたわ。『あたしたたちの頃は、ブラジャーなんて無かったからね』って、それで、しわしわの胸を見せられるのよ」
「そっ、それは、確かに……ちゃんとした方が良いですね」
この話、俺、聞いてても大丈夫なのかな? しかし、すごい話だな。トラウマになりそうだけど……
「ドライヤーはここよ。乾かしてあげるわね」
「ありがとうございます……」
――しばらくして、天音ちゃんと夕花が戻ってきた。天音ちゃんのパジャマは下がショートパンツになっていて、目のやり場に困る。三千花が言ってたのはこれか。
「お風呂、ありがとうございました」
しかも、ナイトブラをつけないみたいな話をしてたから、パジャマの中はTシャツだけなんだよね……視線を顔だけに固定しないと……天音ちゃんは、「どうしたんですか?」みたいな顔をしてるけど、自覚が無いのは困るな。
「涼也お兄ちゃん、夕花の髪乾かして!」
夕花がドライヤーを差し出してくる。ナイスフォローだ。
早速、ドライヤーで夕花の長い髪を乾かし始める。しかし、本当の髪の毛みたいだな、乾かすとサラサラになる。
「そうやってると、本当の兄妹みたいですね」
確かに、中身が陽花だっていう安心感があるからなのか、本当にずっと一緒に居る妹みたいな気がする。
でも、陽花のメンテナンスが終わったら、夕花とは会えなくなるんだな……少し……というか、かなり寂しい。
――そんな雰囲気を察したのか。
「大丈夫だよ、夕花また遊びにくるから」
と言ってくれる。冬休みとか、春休みとかに遊びに来てくれるとうれしいな。
* * *
寝る前に、もう一度、分からないところの復習をしていると、三千花がお風呂から戻ってきた。濡れた髪が妙に艶っぽく見えてドキリとしたが、ドライヤーを持って、また洗面所に戻ってしまった……残念。
その後、数学以外の分からないところは、三千花に聞いたりしていたが、もうそろそろ寝る時間だ。
「問題は、誰がどこに寝るかよね」
「そうなんだけど、ベッドに三千花と天音ちゃんっていう配置しかないんじゃない?」
「じゃあ、夕花は、お兄ちゃんとおふとんで寝るね!」
「…………」
まあ、そういうことになるよね。
「……そうね、まあ、寝るって言っても夕花ちゃんは充電と夜間学習だけだから、大丈夫かしらね」
陽花筐体だったら、どうなの?って思うかもしれないけど、夕花だと問題ないみたいだ。
結局、壁側から、天音ちゃん、三千花、夕花、俺という順番に落ち着いた。
布団も敷いて、夕花の充電パッドも入れて、後は寝るだけだな。
「それじゃあ、みんな、おやすみなさい」
「今日はありがとうございました。おやすみなさい」
「じゃあ、また明日ね。おやすみなさい」
「おやすみー!」
勉強合宿は無事終了して、就寝することになった。
電気を消すとやけに夕花がくっついてくる。まあ、今日一日色々頑張ってくれたからな。
頭を撫でておくと、うれしそうに縮こまっている。
この部屋に4人は狭いかなと思ったけど、意外と大丈夫だったな。
ただ、この賑やかさも、夕花が帰ると、またいつも通りの一人暮らしに戻ってしまうと思うとちょっと寂しい気持ちになる。
今だけは、この賑やかさに甘えておこう――そう思って、目を閉じるのだった。