【第83話】勉強合宿と歴史の講義
すみません、投稿遅くなりました。
「ちょっと休憩にしようか」
勉強合宿とはいえ、根つめ過ぎると、逆効果なので適宜休憩を挟むようにする。
「なるほど、数学はどの解き方を使うかなんですね。良く分かりました」
「そうだね、数学の場合は、頭の良い人が考えた解き方があるから、ありがたく使わせてもらえば良いんだ」
「それが公式だったりするんですよね。今までは公式の意味が分からなかったので、全部同じに見えてたんですが、今は1つずつ違いが分かるようになってきました」
うん、ここまで進みが早いのは実際には天音ちゃんの理解が早いからなんだけど、それを漠然と褒めると得てして失敗するフラグになるから、あえてそこは言わない。
褒めるのは、良い行動や考え方をしたときだ。ピンポイントで何が良かったかを伝えることで、そうすると具体的に何をすれば良いのかが分かるようになる。
「ちゃんと先生してるのね、感心したわ」
三千花が俺にこっそり耳打ちしてくる。たぶん天音ちゃんが居なかったら「意外と」というのが頭につくんだろうけど、まあ、褒められたと思っておこう。
「三千花さん、歴史について聞いても良いですか?」
「うん、良いわよ、歴史なら何でもきいて」
すごい自信だな。日本史でも世界史でもどんな時代でもOKってことか?
「幕末がよく分からなくって……どこから覚えたら良いんですか?」
「まず、ペリーが黒船で浦賀に来航するところからね。これが1853年なんだけど、5と3を足すと、その一つとなりの8になるから、ここを覚えるか、そのときアメリカに迫られて、翌年日米和親条約を結んじゃうんだけど、1854年を『一夜越し』って覚えられるから、そのどちらかを覚えると良いわね。日米和親条約は、平和の和と親睦の親が入ってるけど、実際には他の国と結んだ一番良い条件をアメリカにも適用しなさいっていう条約で、アメリカに有利な条約だったわ。でも、貿易はしないことになってたから、今度は4年後の1858年に日米修好通商条約を結ぶことになるんだけど、これも日本に不利な条約で『人は怖い』って覚えるけど、4年後っていうのはオリンピックの間隔って覚えれば、どちらか覚えていれば大丈夫よ。そのとき井伊直弼が……」
いや、全然、休憩にならないだろ……詳しすぎる。よく教科書とかもなく、そんなにスラスラ年号とか出てくるな。
「なるほど、そうやって連続した出来事として覚えるんですね。それぞれの間隔が分かれば、年号がうろ覚えでも確認できますし、どうしてその出来事が起こったかが分かれば、順番も間違えませんね」
その説明で良いんだ……ちょっとその話にはついていけないな。俺が休憩しとこう。
「年号はあくまで何年後にどうなったかっていう参考にしかならないけど、時系列で並べたり出来事の間が何年経ってたか知るのに役に立つわね、共通テストだと直接年号を書くより、そういう流れを知ってた方が良いんじゃないかしら」
「そうなんです。年号を覚えても無駄かなと思ったんですけど、そういう考え方なら、年号を参考にできますね。目からウロコでした」
多分、三千花は色んな時代の話を小説とかで読んで、詳しく知ってるから起こった出来事の意味が分かるんだな。何で心理学科選んだんだ?
「興味がある時代があったら、いつでも言ってちょうだい。もし、私がよく分からない時代でも質問されたら調べたくなると思うから、詳しく分かったら説明するわ」
すごいな『分からないところ』じゃなくて『興味があるところ』なんだ。塾の講師とかやった方が良いんじゃないかな。すごい人気でると思うけど……
――と、そんな話をしていると、台所の扉があいた。
「晩ごはん、できました!」
夕花の声と同時に、ふわっと漂ってくるいい匂い。
食卓を片付けて布巾で拭くと、次々と料理が並べられていく。ブリ大根と、炊き込みご飯と、お味噌汁、サラダというラインアップかな? どれも体にやさしそうで、何より美味しそうだ。
「ブリ大根と、鶏五目炊き込みご飯と、サーモンと薄切り玉ねぎとレタスのサラダと、しめじと舞茸のお味噌汁を作ったの」
「ブリはDHAが豊富だから、受験生には良いわね。最近は夏のブリも結構美味しいのよね。それから、全体的に食物繊維が多くて、ヘルシーで良いわね。ありがとう夕花ちゃん、いただくわね」
「すごいです。これだけ短い時間で、こんなに作れるんですね。ありがとうございます。いただきます」
三千花と天音ちゃんが、感想とお礼を言って食べ始める。俺もいただますして、ブリも大根もホロホロしてて最高だな。サラダもシーザードレッシングによく合うし、炊き込みご飯のごぼうもいいアクセントになってる。何より、きのこの味噌汁がさっぱりしてるけどしめじと舞茸の味がよく出てて、他の料理とも調和してる。完璧だな。
「ありがとう夕花、おいしいよ」
「本当に美味しいわ。ありがとう夕花ちゃん」
「夕花ちゃんありがとう。とっても美味しいです」
「えへへ……みんな喜んでくれてよかった」
モジモジする夕花。そんな様子に天音ちゃんが小声で、
「えーっと、陽花さんなんですよね? どう見ても小学生の女の子にしか見えないんですけど……」
そりゃそう思うよな。なので、俺が補足する。
「夕花の見た目で陽花の口調だと、外出したときとかに違和感があるから、家でもこのキャラで統一してるんだ。あと、陽花の妹っていう設定になってる」
「そうなんですね……じゃあ、もう完全に夕花ちゃんとして接すれば良いんですね」
「そうだね、そうしてもらえると良いかも」
――あっという間に、夕飯を食べ終わって(炊き込みご飯はおかわりしたけど)、ちょっとまったりしていると、洗面所から夕花がでてきた。
「お風呂くんでるから、もうちょっとまっててね」
いつの間にか、お風呂の用意をしてくれてたみたいだ。この辺りが普通の小学生を預かってるのとは違ってめちゃくちゃ助かるな。
「えっ、ありがとう夕花ちゃん。色んなことできるのね」
完全に小学生のつもりで接しようとしてくれる天音ちゃんだが、今度はこっちに違和感を感じたみたいだ。
「うん、背はちっちゃいけど、陽花お姉ちゃんとおんなじことができるよ」
まあ、中身は陽花なんだから、夕花の筐体用に体の制御を変えれば、物理的に手が届かないとかが無ければ基本同じことができるはずだな。しかし、大人版の陽花を『陽花お姉ちゃん』って呼ぶのって、何か別人格になってる気もするな。
「あと、陽花と夕花は俺の親戚で、大家さんには、陽花は俺のいとこっていうことになってるみたいだから、夕花もいとこかな」
「そうなんですね、じゃあ夏休みに遊びに来てる親戚の子でいいですね」
この辺、天音ちゃんも設定を合わせてくれると助かるな。理解が早いし、対応もその通りにしてくれるから安心して任せられる。
「勉強の続きはどうする? お風呂の後にする?」
「はい、数学の夏期講習の予習と、三千花さんにもお聞きしたいことがありますので」
「分かったわ、数学以外なら聞いて良いわよ。歴史ほどじゃないけど参考書見ながらなら教えてあげられると思うわ」
三千花とも上手く接してくれて良かった。これなら、勉強合宿という名目は果たせそうだ。
一番大事なのは、天音ちゃんの受験が上手く行くことだよな。
そこがクリアできれば、後はどうにでもなる……というか結構夕花が何とかしてくれるから大丈夫そうかも……この状況に安心しきりの俺だった。