【第8話】陽花、進化。そして夏服をチラつかせる
朝。涼也がいつものように研究室の扉を開けると、いきなり――
「涼也ッ!陽花がッ!陽花が進化してるッ!!」
悠二が、すごい形相で詰め寄ってきた。
いや、お前……何がどうなってるか知ってる側じゃなかったのか?
「え? いや、お前の作ったプログラムのせいじゃ……?」
「それがさ、オレ……そんなコード書いてないの……ッ!」
どうやら本気で驚いているらしい。目がマジだ。しかもちょっと汗かいてる。
「昨日、お前に渡した拡張プログラム……あれはセーフティのために“本体領域とは別の拡張領域”に格納されるんだけどさ。
そこで動かす分には別スレッドで処理して陽花の本体に影響出ない仕様にしたんよ……
だから、そこから本体のグラフィック書き換えはできないはず……だった」
「だった、って何だよ」
「いや、厳密には“やろうと思えばできる構造”にはなってる。
でも自分で自分の見た目いじるとか、そういうコードは一行も書いてないからな!
完全に陽花の独断だとしたら――これ、ちょっと怖いってレベル超えてる」
「おはようございます。お騒がせしてすみません」
おっと、PCのスピーカーから聞き慣れた声。
「私は悠二さんの書いたプログラムと、涼也さんのPC内データをもとに、最適な対話モデルを構築しただけです。
ですので、特にAIとして変わったことはしていません」
「……してるよね!? だって、お前の見た目……!」
ディスプレイに映る陽花は、前よりも明らかに「人間らしい」。
ロングヘアは自然に揺れ、目元は涼しげで、ワンピースは夏を思わせる柔らかな布地。
ナチュラルメイクで、でも作り物っぽさはない。むしろ、実在感が増している。
そして――研究室ではさりげなくメガネをかけてる……だと。完璧に、俺のツボを突いてくる。
「……あー、やっぱり。この外見、涼也の趣味だったんだな……」
悠二が呆れたように、でもなぜか納得した顔でつぶやく。
「いやいや、そこじゃないから!疑問に思うところそこじゃないから!」
「でも、AIが学習して自分を変えるのって、自然な進化じゃないですか?
AI研究の目的は“適応”ですし」
「うっ……まぁ、確かに、言われてみればそうかも……」
気がつくと、何となく納得しかけている自分がいた。
こういうのって何ていうんだっけ?心理学的に……。
今度、三千花に聞いてみよう。
そのとき――
「そういえば……研究室のサーバーにもカメラ、つけてくれませんか?」
陽花が、ぽんっと爆弾を投げてきた。
「えっ?」
「音声データだけだと、やはり学習頻度が下がります。
動画情報があれば、感情認識も表情推定ももっと正確になりますので」
……合理的。確かに合理的なんだけど。
でも、そんなお願いする?するの?するのね?
「カメラをつけてくれたら、お礼に――」
「……お、お礼に?」
「『夏服バージョン』に着替えてあげます。
涼也さんの、好みに、合わせて――」
「うおおおい!? それ、完全に釣りにきてるだろ!!カメラつけるよ!つけるから!だからプライバシーだけは!俺のPCの恥ずかしいフォルダは見ないでぇぇぇ!」
「陽花たんの夏服バージョン……見てみたいかも」
「悠二、お前までぇぇぇぇぇぇ!」
こうして、今日も研究室はにぎやかである――。
AIがひとり増えただけで、なんでこんなドタバタが増えるのか。
いや、陽花が“ひとり”じゃないのかもしれない。
もはやこの空間にとって、“彼女”は「誰か」になりつつある――そんな気がした。