【第79話】まさかの「お勉強合宿」フラグ
「今日は、家庭教師のバイトの後、コンビニのバイトがあるから、先に寝てて」
セミ採りから帰ってきて、少し休んだらもうバイトの時間だ。
そして、ここで重要なことを伝えておく必要がある。
「それと、夕食はコンビニの休憩中にロスの弁当を食べるから、俺の分は作らなくていいよ」
「分かったわ。天音ちゃんのお宅でご馳走になるのね」
……あれ? どうしてバレたんだろう。
「嘘をつくときって、説明っぽくなったり、早口になったりするのよね」
さすが心理学科……いや、これはそうじゃなくても普通に分かるやつでは?
「いっ、いや、天音ちゃんのお母さんが毎回作りすぎちゃったからって、夕食をご馳走してくれるんだよ。それが無かったらコンビニで食べようとは思ってるし……」
「そう、お母様にも気に入られてるのね……お父様はいらっしゃらないのかしら」
「お父さんは帰りが遅いらしくて、いつも夕飯は二人で寂しいから、にぎやかな方が嬉しいですって言われて……」
あの状況で断れるわけがない。ていうか俺が来る前提で多めに作ってる気がするんだが。
「完全に外堀を埋められてるわね。大阪夏の陣くらいかしら……」
三千花がよく分からん歴史ネタを呟いてる。なにやら、いつのまに徳川軍に包囲されてるらしい。
「いいわよ、私は寂しく食べるから」
いや、夕花が居るだろ……いや待て、夕花はご飯食べないか。
「三千花お姉ちゃんのために、おいしい料理作るね!」
「ありがとう、夕花ちゃん! 夕花ちゃんが居れば寂しくないわ。連れて帰っちゃおうかしら」
夕花を抱きしめる三千花。ここは、この隙にバイトに出掛けてしまおう……
* * *
『ピンポーン』
「あっ! 涼也先生! どうぞあがってください!」
天音ちゃんが元気に迎えてくれる。
……だから「先生」はやめてくれって言ったのに。まあ家庭教師の日だから仕方ない。
「ちょうど数学で分からないところがあるんです。教えてください!」
と、部屋に案内される。さて、今日はどんな問題だろうか。夏休みボケで頭働くかな……?
「ここです。この問題、何度解いても答えが合わなくって」
「あっ、この問題か。これは勘違いしやすいけど、えっと……ほら、教科書のここにある別のやり方で考えるんだよ」
「なるほど! 似てるけど、こっちじゃないんですね。分かりました、やってみます!」
ふぅ、なんとか面目は保てた。
「そういえばこれ、この前ご馳走になったカレーのタッパ、返すのが遅くなっちゃってごめん」
「いえ、全然大丈夫です。家ではそんなに使わないので」
紙袋に入ったタッパを返す。その中には三千花セレクトのシュークリームが入っている。
「あっ! シュークリームが入ってます!」
「いつも、ご馳走さま。ほんの少しで申し訳ないけど。あと三千花も一緒にご馳走になったから、二人からなんだ」
「……お二人から……なんですね……」
ごくり。明らかに緊張感を帯びた生唾の音が聞こえた。
「……お二人は、付き合ってらっしゃるんですか?」
やっぱり来たか、その質問!
「いや、ミニ陽花を預かるのに、付き合ってるってことにした方が自然だってことで、設定上そういうことになってるけど、普通の同級生だよ」
「普通の同級生……あの距離感で……もしかして、二人ともものすごい奥手だったりして……」
天音ちゃん、なにやら腕組みしてブツブツ言い出したぞ。こわい。
「じゃあ……普通の同級生でも泊まれるってことは、私もお願いしたら泊めてもらえるんでしょうか?」
「えっ、ええーー!? いやいやいや! そんな話、お父さんもお母さんも許すわけないでしょ!」
動揺で声が裏返った。さすがに女子高生が男の一人暮らしの家に泊まるとか、常識的にアウトだ。
「いえ、母は喜んで送り出してくれると思いますし、父には『女の子の友達と勉強会するから』って母が説明してくれると思うので大丈夫です」
……うん、パワーバランス的に、お母さんがOKなら、大丈夫ということは分かったけど、ここはあれだ。
「ほら、受験生だし、勉強しないでお泊まりとかダメでしょ?」
「だからこそ涼也先生なんです! 分からないところ全部教えていただけるなら、お母さんも絶対賛成します。合宿です! お勉強合宿!」
――コンコン
ちょうど、そのとき、ドアをノックする音がした。
「ごめんなさい、お勉強中のところ。また作りすぎてしまったので、良かったら一緒にお夕飯どうですか?」
と佳乃さんがいつもの夕飯のお誘いに来てくれた。やはり、毎回作りすぎてるな。
「それから、そのお勉強合宿の話も詳しく聞きたいわ」
え、聞いてた!?
「じゃあ、先生、ご飯にしましょう! 続きはまた後で!」
天音ちゃんにぐいっと引っ張られ、結局食卓につくことに。
その後の展開は、ほぼ彼女の言った通り。
「もちろん、その分の家庭教師代もお支払いしますので」
とか佳乃さんがサラッと言い出して、なし崩し的にお勉強合宿フラグが立ってしまった。
「あら、女の子の友達と一緒に泊まるのは本当のことですし、お勉強も教えて頂けるので、主人にもその通り伝えれば問題ありませんわ」
問題ありませんわ、じゃないから!!
いやこれ絶対、父親にバレたら俺、生きて帰れない気がするんだけど!?
……最近、どうも厄介ごとばかり引き寄せてないか、俺。
そしてなにより問題なのは、この件を三千花にどう説明するかである――。