【第72話】風呂上がりのパジャマと、眠れない夜
「お兄ちゃーん、お風呂上がったよ!」
といって、パジャマ姿の陽花が抱きついてくる。うん、どこからどうみても小学生だ。すごいな麗香さん……あと、この筐体を作ったエンジニアの人も……
どうして、こういう筐体を作ろうと思ったんだろう……どれだけ小型化できるかの実験って言ってたけど、そんな理由だけでここまでやるかな?……お兄ちゃんと言われて、妹が出来たみたいで嬉しいけど、そんな需要のために作るはずないよね?
「お風呂の栓、抜いちゃったけど良い?」
「ああ、うん、明日沸かしなおすとかしないから大丈夫だよ」
三千花がパジャマ姿で部屋に入ってきたが……何だろうこの破壊力は……別にネグリジェとかの色っぽい服じゃない。ごく普通のゆったりしたズボンと、前をボタンでとめるタイプのパジャマなんだけど、同年代の女の子が風呂上がりに寝間着姿で俺の部屋にいる、という事実だけで心臓がバクバクしてくる。
「どうしたの? ぼーっとしちゃって」
「えっ、あっ、いや、ありがとう」
「ありがとう? お風呂の栓抜いただけで?」
しまった。あまりにも眼福だったので、感謝の言葉を口にしてしまった。何やってんだろう俺。
「なんか、目が泳いでるけど大丈夫?」
長い髪をタオルで拭いている仕草もメチャクチャ新鮮だ。見ると意識してしまうと思いつつも、つい目で追ってしまう。
「ドライヤー借りても良い? ねえ、聞いてる?」
「えっ、ああ、ドライヤー……どこだっけ?」
「お兄ちゃん、いつも洗面所の上の扉に入ってるでしょ、持って来よっか?」
陽花が取りに行ってくれるが、
「あっ、とどかない、お兄ちゃーん、この体じゃ開けられないよー」
と、背伸びして扉を開けようとしてる。これはこれで可愛い。
扉を開けてドライヤーを出し、三千花に手渡す。ふぅ、ちょっと落ち着いたな。サンキュー陽花。
「はるかの髪も、あとで乾かしてね」
えっ、俺が乾かすのか? まあ、良いけど……
「ここで乾かしちゃって良い? 髪の毛は後で拾うから」
「うん、大丈夫だよ、コンセントはそこの壁のところからとって」
三千花がバッグから大きめの鏡を出して、ちゃぶ台の上に立てると、髪の毛を乾かしだした。ドライヤーで髪の毛を乾かす仕草って、ちょっと色っぽい気がするのは俺だけだろうか……変な趣味に目覚めそうだ……
「布団はあるのよね? 陽花ちゃんが泊まれるくらいだから」
……あります。悠二が泊まるときに使うやつ……陽花は一緒にベッドで寝るから使わないけど……
「髪の毛乾かし終わったら敷くけど、三千花はベッド使って。布団は俺が寝るから」
「はるかも一緒にベッドで寝るー」
ん? これは俺が布団で寝るのをアシストしてくれてるんだよな? 頼むからいつも一緒のベッドで寝てるとか言わないでくれよ。
「えっ、布団で大丈夫よ、家主を下に寝かせられないわ」
「えーっ、はるかベッドが良いー」
いつもベッドで寝てるみたいなこと言うな、頼むから。三千花も一緒にベッドで寝ようって誘導してくれてるのは分かるんだけど、寿命が縮まりそうだ。まあ、三人で川の字になって寝ようとか言い出さないだけましか。
「布団は、いつも悠二が使ってるやつだから、俺が寝るよ」
「ふーん、悠二くんが使ってる布団より、俺が使ってるベッドに寝ろってことかしら」
やばっ、何か誘導のしかた間違えたかも。独占欲丸出しみたいになってた!?
「お姉ちゃーん、一緒にベッドで寝ようよ」
「…………分かったわ、あんまり言ってても決まらなそうだから、陽花ちゃんと一緒にベッドを使わせてもらうわね」
「ありがとう!おねえちゃん!一緒に寝ようね」
何とか決着したな。陽花、フォローありがとう!
「なるほど、陽花ちゃんが泊まるときもベッド使わせてもらってるってことね。涼也くんらしいわね」
「ああ、うん、そうなんだよ」
俺もベッドで寝てるけど……というのは墓まで持っていこう。
――三千花が髪の毛を乾かし終わると、俺が陽花の髪を乾かす番だ。結構大きめのドライヤーだから、確かに誰かに乾かしてもらったほうがいいな。三千花は顔に化粧水を染み込ませたりしてるから、やっぱり俺か。
ちょこんと正座する陽花の髪を乾かしてると、本当に妹ができたみたいだ。しかし、この髪の毛本物みたいだな。乾くとサラサラしてる。
「この髪の毛と、この皮膚の素材が最初にできて、それからこのプロジェクトが始まったんですよ。これがあれば、人間そっくりのアンドロイドが作れるって」
陽花っぽい口調でプロジェクトの始まった経緯を説明してくれた。そうなんだ。確かにAIとかは後付けの感じがあったもんな。
「この子供筐体は、小型化と軽量化のための大事な実験なんですよ。この筐体で収集されたデータを基に、大人版の軽量化が進むかもしれません。そうしたら、体重計を気にしなくて済みます」
いや、体重計は気にしなくて良いと思うけど……まあ、軽量化したほうがバッテリーの持ちが良くなったりメリットはあると思うから重要なのかも。
「そろそろ、乾いたんじゃない?」
ああ、本当だ。さっきまでのツインテールはやめて、長い髪を下ろしている。こんな可愛い妹が本当にいたら、姉の暴虐からも耐えられたかもしれないな……
「じゃあ、そろそろ寝ましょうか、陽花ちゃんは充電しながらよね?」
そうだった。さっき多少充電したとはいえ、朝までに満タンにしておかないと、明日でかけられない。
「はい、これで充電の準備はOKね、じゃあ、遠慮なくベッドを借りるわね」
「はるかも借りるね、おやすみなさーい!」
普段自分が使ってるベッドに女の子が寝てるのって、何かグッとくるものがあるな……俺、なんか今日はこんなことばっかり考えてる気がする。
疲れて帰ってきたから、風呂に入ったら爆睡コースかと思ったけど、全然そんなことなかった。
ドキドキして眠れない……三千花の寝息が聞こえる……しかし、その寝息を聞いていると強烈な睡魔が襲ってきて、ようやく俺も眠りにつくのだった。