【第71話】怒涛の一日が終わって
「うーっ……やっと着いた……」
陽花をおんぶして、最初は意外と軽いなと思ったものの、しばらく歩いた上に、最後の階段がダメ押しだった……もう、これ以上歩けない……
「お疲れさま。大丈夫、陽花ちゃん? 家の中くらいなら歩けるかしら?」
そう言って、陽花の手を引いて家の中に連れて行く三千花。どうやら、ゆっくりとなら動けるらしく、トタトタと歩いていった。
「これが、充電するパッドよね? 背中に入れればいいの?」
三千花は自分のバッグだけでなく、俺のリュックと、陽花のお泊りセットまで持ってくれていた。あと、天音ちゃんからもらったカレーも……それで文句一つ言わないんだから本当に頭が下がる。
「すみません、動けないわけじゃないんですが……出力が弱くて、何をするのもゆっくりになっちゃうんです」
すっかり、元の口調になってる陽花。ただ、子供の声音なので多少の違和感がある。
とはいえ、誰も居ないのに、わざわざ子供っぽくしゃべってもしょうがないか……
完全に動けなくなってしまうと、おんぶするにしても、しがみついてくれないわけだから、体感の重さは全然違うはずだ。予備の固体電池があって本当に良かった。
* * *
「カレーは2人分は余裕でありそうね。ご飯炊くけど、お米はこの扉の中かしら?」
「ありがとう。そこの扉の中に米びつが入ってる。計量カップは……お米に埋もれてるかも」
「あったわ、どのくらい食べるか分からないから、とりあえず3合炊くわね」
三千花も陽花並に人の家の台所を把握するのが早いな……まあ、家主より料理に詳しいということか……
「うん、お願いします」
お米をちゃっちゃと研ぐ音がする。ここはお任せしよう。
「疲れてるところ悪いけど、お風呂洗っておいてくれる?」
確かに、夕飯のあとだと動けそうにない。今のうちにやってしまうか。
* * *
お風呂を洗い終わって、部屋に戻ってくると、三千花はまだ台所だった。
「炊飯器、炊き方分かった?」
「早炊きっていうモードがあったから、セットして炊飯ボタンを押したけど、大丈夫よね?」
「うん、それで大丈夫……って何か作ってる?」
「茹でたブロッコリーと玉ねぎとキャベツとベーコンの残りがあったらか、なんちゃってポトフを作ってるわ」
陽花も、コクコクうなずいてる。今の冷蔵庫の食材では最適解なんだろう。
「にんじんとじゃがいもがあれば、もっと良かったんだけど、カレーに入ってるから良いでしょ」
すごい、合理的だ。やっぱり普段から料理してるんだな……一人暮らしなのに、俺がしなさ過ぎなのか……
「あら、小さいタッパに福神漬が入ってるわ。すごい気遣いね。しょっちゅう作ってもらってるのかしら?」
「いや、この前、プールの後に持ってきてくれたのが初めてで、今日が2回目」
家庭教師に行ったときにご馳走になってることはあえて言わない。なぜ、やましいことも無いのに、過少申告してしまうんだろう。
「これ、きっと天音ちゃんが作ったんじゃないかしら……私も食べちゃって良いの?」
微妙に不揃いの野菜の切り方を見て、三千花が言う。
「うん、一人では食べきれないし、三千花が居るところで渡されたんだから、良いと思うけど」
「カレーは2日目が美味しいと言いますが、夏場はその日のうちに食べきることをお勧めします」
陽花も後押ししてくれる。
「じゃあ遠慮なくいただくわ」
三千花が小さく笑った。
* * *
ご飯も炊けたので、ようやく夕飯タイムになった。
「「いただきます!」」
夏の暑さにやられてるときのカレーは、食欲が戻ってくる感じで助かる。なんちゃってポトフも、疲れた体にしみるやさしい味だ。自分一人なら間違いなくインスタント味噌汁だったところだ。
「美味しいわね。ちゃんと、玉ねぎも炒める分と、具に入れる分を別にしたのね。お母さんに作り方聞いたのかしら」
そこまで分かるんだ、すごいな……ただ美味しいと言う感想しか出てこなかった自分が情けない……
「隠し味は、コーヒー……じゃないわね、チョコレートかしら」
そうなんだ。カレーは一人分だけ作るのは面倒なので、レトルトばっかりだったな……お湯で温めただけなのに、料理した気分になるのは俺だけだろうか……
「「ごちそうさまでした」」
俺のほうが、だいぶ大盛りだった気がするが、ぺろりと食べてしまった。
「お風呂、先に入っちゃって、私、片付けとくから」
俺も食器下げるの手伝おうとしたら、
「早く入っちゃって、後がつかえるから」
と一蹴された。……素直に甘えることにする。
* * *
カラス並にさっさと頭と体を洗って出てくると、陽花が動けるようになっていた。
「少し充電できたので、普通に動作できるようになりました」
「じゃあ、陽花ちゃん、一緒に入ろっか?」
「うん、三千花お姉ちゃん、一緒に入ろう!」
小学生モードになった陽花と三千花が脱衣所に消えていく。服脱いでるような音とか、笑い声とか聞こえるんだよな……精神統一しないと……うん、余計によく聞こえる気がする。決して聞き耳を立ててる訳ではない。
「陽花ちゃん、細いわねー、どこからどうみても小学生ね」
「三千花お姉ちゃん、すごいプロポーション、お肌もきれいです」
聞こえるように実況するのやめて欲しい。余計な妄想をしてしまう……
この後、2人で洗いっこしてる声とか、一緒に湯船に入る声とか、色々聞かされた。
今日は本当に疲れたけど、美味しい夕飯と、疲れの取れるお風呂で最後に癒やされた気がする……あとは、布団で寝るかベッドで寝るか決めるだけだな……
こうして怒涛の一日がようやく終わりを迎えたのであった。