【第68話】仮筐体陽花と夏休み!?
「コレデ、ワタシのジュギョウはシュウリョウデス、ミナサン、アリガトウゴザイマシタ」
サマンサのサマースクールも今日でおしまい。最後に会話テストと称して、一人ひとりサマンサからの問いかけに応えるという試練があったが、俺も高木さんも普通に話せて、おそらく単位はもらえるのではないかと思う。
授業の最後はみんなの拍手で締めくくられて、各自サマンサ先生との別れを惜しんでいる。女子からも人気あるが、男子からは特別な視線が一点に向けられて、違った意味で別れを惜しんでいるようだ。悲しい生き物だな……
「高木さんも、これで会えなくなるね」
「いや、何お別れみたいなこと言ってんすか、健斗の追加の絵描いたら、また持っていくっすよ」
やっぱりそうか、最初の絵は秀逸だったが、実はカモフラージュで、この後、スゴイ絵をぶちこんでくるんじゃないかと懸念している。おそらくその確率は……90%以上はあるかな……
「サマンサ先生とも連絡先交換してるっすよね、絶対、夏休み中にまた会うことになるっすよ」
そうなんだよね、サマンサはしばらく日本に居るらしく、しょっちゅう連絡がきそうな気がする。
「リョウヤ、マタ、レンラクしますネ」
遠巻きに手を振られた。男子からの白い視線が痛い……
「先輩、研究室行くんっすか?」
「いや、今日は、別の用事があって、そっちに行くことになってる」
「そうなんっすね、じゃあ、ここでさよならっす」
自分から振ったネタだけど、そう言われると会えなくなるみたいで、確かに寂しいな。
「うん、じゃあ今日はここで……また絵描けたら連絡ちょうだい」
そう言うと、高木さんはちょっと嬉しそうに、
「先輩も寂しいんじゃないっすか、分かりました、すぐ描いて連絡するっす」
ああ、これでBLの世界から足を洗えなくなった……まあ、そんなに深く入り込んではいないが……
* * *
「ごめん、けっこう待った?」
待ち合わせ場所に三千花が現れた。
用事というのは、向田さんからの連絡で、要約すると「陽花をお盆休みの間、預かって欲しい」「3号機はメンテナンス中で別の筐体に入っている」「できれば三千花さんと一緒に来て欲しい」ということだった。
「いや、今さっき来たところ……って、スカート?」
そう、三千花は珍しく膝丈のスカートを履いてきた。白い脚がまぶしい。
「えっ、スカートはいつも履いてるでしょ……その、ちょっと短すぎるかもとは思ったけど……夏だから良いじゃない!」
そうだった、いつもはロングスカートだから、いつもより短いだけか……いや、こんなに脚きれいなら、毎日こっちでも良いと思うけど。
「あっ、ごめん、あんまり脚きれいだったから……いつもと違うスカートって意味だけど、そっちも似合ってると思うよ」
「ちょっ、脚褒めるとか、恥ずかしいじゃない……やっぱり普通のにしとけば良かった……」
思ってることをそのまま口にしてはいけなかったらしい、顔を真っ赤にしてうつむく三千花……女心は良く分からない。
「とりあえず、実験室に移動しようか」
「陽花ちゃん、メンテナンス中なのよね」
「そうなんだけど、別の筐体に入ってるって言ってた。詳しくは麗香さんに口止めされてるみたいで教えてくれなかったけど」
「でも、私が一緒に行ったほうが良いって言ってたんでしょ、何でかしら」
「俺しか陽花の別バージョンを知らないと、色々困るからかな? でもそれだったら悠二を連れて行っても良いはずだけど……」
「この前、一緒にお泊りするって言ってたからじゃないの。そうだと思って、泊まれる仕度はしてきたけど」
また、渾身の出来栄えだから、説明するよりその目で見て欲しかったとか言うんだろうけど、色々準備があるんだから、三千花にはちゃんと知らせておいて欲しかった……俺は……ぶっちゃけ準備いらないけど。
* * *
実験室に着くと、もちろん陽花は居なかった……が、テーブルの陰から何か飛び出してきた。
「パパ! 会いたかった!」
飛び出してきたのは小学生くらいの女の子。俺に抱きついてくるが、もちろん俺の子供ではない。
「えっ!? どういうこと?」
三千花が慌てているが、突然のことだったので、思考が追いついていないみたいだ。よく考えれば、こんな大きい子がいるわけ無いこと分かるでしょ。
「ママも会いたかった!」
といって、今度は三千花にも抱きつく。思わず「えっ、三千花がママ?」と三千花と同じ反応をしてしまうが、冷静に考えれば、10歳くらいの女の子を三千花が産んでる訳がない。
「2人とも、いいリアクションだったな」
麗香さんが現れて、してやったりという顔でにやけている。やっぱりこの人の仕業だったか……まあ、対して害が無いから良いけど。
「ごめんなさい、涼也さん、三千花さん、私が陽花です。」
と、女の子から陽花の声がした。まあ、本人なんだから、陽花の声でしゃべれて当然か……むしろ、小学生くらいの話し方のほうが作った声だってことだ。
「えっ、陽花ちゃんなの、かわいいー」
陽花を抱きしめる三千花、少し年の離れた姉妹みたいだな。髪型はツインテールになってるけど、陽花をそのまま幼くしたような容姿は、陽花に幼少期があったらこんな感じなんだろうというイメージにぴったりだ。かわいすぎる。
「そうだろう、そうだろう。これにはずいぶん苦労したからな」
何日か徹夜して、ようやく仕上げたんだろうなって感じがする。まあ、それだけのクオリティーなのは確かだが……
「どこまで小さい筐体が作れるかというプロジェクトでして……身重140cm、小学校5年生くらいのサイズが限界でしたので、ふさわしい容姿を麗香さんにデザインして頂きました」
うん、向田さんの説明の通り、ランドセルでも背負ってれば、そのまま小学校に行きそうな容姿だ。
「それで、どうして三千花も呼ばれたんですか? もしかして、さっきのをやりたかったから?」
流石にそれだけのために呼ばれたら普通怒るよな……満面の笑みで陽花を抱きしめてるので三千花は何とも思ってないみたいだけど……
「いや、さっきのはすまん、謝ろう。だが、三千花くんを呼んだのは、君のためだ」
ん? 俺のため? 何で?
「お話した通り、実験室のメンバーもお盆休みに入るので、陽花ちゃんを涼也さんの家に泊めて頂きたいのですが……」
向田さんが申し訳なさそうに言ってくる。まあ、メンバーの人も夏休みとると思うし、泊まるのは聞いてたから全然良いんだけど、三千花が呼ばれた意味が分からない。
「それが、麗香さんがデザインした容姿が、あまりにも完璧な小学生でしたので、その……涼也さんと2人で歩いていると、逮捕されるのではないかということになりまして……」
あっ、俺が小学生を連れ回しているみたいに見られるのか、それは困るというか、逮捕されなくても職質されたら、説明がむずかしいな。
「私も、仕事が終わった後の飛行機で沖縄に行く予定があって、一緒に行くことが出来ませんので、それで三千花さんにお願いできたらと……」
うん、そういうことなら早めに言って欲しかったな、まあ、麗香さんがもったいぶったせいだと思うから、向田さんは悪くないんだけど。
「分かったわ、私と涼也くんの子供という設定にすれば良いのね」
いや、全然分かってないでしょ、年齢設定的に無理があるし、それに、2人の子供っていうことは、夫婦っていう設定だよね? 良いの?
「流石にその設定は無理がありますね、親戚の子を預かっているという設定でお願いします。大人の女性がいれば、職務質問されることは、まずありませんので」
陽花が冷静に突っ込んでくれる。今度は小学生の声だ。その声で職質の話を真面目に語られると違和感しか無いが……しかし、便利だな親戚の子っていう設定……
「そうね、じゃあ、私は三千花おねえちゃんって呼んで」
「うん、分かった。三千花おねえちゃん!」
三千花がデレデレしてる。子供好きなんだな……なんか微笑ましい。
「良かった、沖縄に行けそう……じゃなくて……三千花さんありがとうございます!」
「いえ、こんな面白い話なら、いつでもお引き受けします」
でも、三千花が引き受けなかったらどうするつもりだったんだろう。逮捕かな?
「三千花くんが引き受けてくれなかったら、私が行くつもりだったのだ、私からもありがとう」
あっ、その辺は責任とるつもりだったんだ。まあ、大人だし当たり前か。
ということで、陽花(小学生)を連れて帰ることになった。
お盆休み中ずっと預かることになってるけど、三千花もその辺分かってるのかな?
こうして、小学生になった陽花と、三千花おねえさんと過ごすという全く想像もしてなかったお盆休みを迎えることになったのだった。