【第66話】健斗の新しい顔
「おはようございます、涼也さん」
朝、目を覚ますと――視界いっぱいに、こちらを覗き込む陽花の顔があった。
「えっ……ずっとそこにいたの?」
「いえ、そろそろ起きそうでしたので、ちょうど今来たところです」
……起きるタイミングが分かるのか?
そういえば、睡眠周期を計って、浅い眠りのときに起こしてくれるスマホアプリがあったな。なら、陽花が同じことをしても不思議じゃない。
「……何か、いい匂いがする」
「はい、お弁当を作っていました。朝食は今、ご用意しますね」
ああ、そういえば、弁当で節約しようと思って買った弁当箱があったっけ。
結局一度も使わず戸棚にしまいっぱなしだったが……もしかして俺よりも家の備品を把握してる?
――顔を洗って戻ると、ちょうど朝食がテーブルに並べられていた。
「ベーコンエッグトーストと、茹でたアスパラガスとコンソメスープです。アスパラガスとベーコンはお弁当に入れた余りですが……」
余った食材まで使い切るとは……助かるな。冷蔵庫に残っても忘れてしまうし。
朝食のアスパラガスは塩茹でで、弁当の方はベーコン巻きにして炒めてあるらしい。こ芸が細かいと言うか、自分では面倒くさくて、絶対そこまでしないけど、陽花は色んなことを覚えるためにやってくれる。
「ありがとう! いただきます!」
ベーコンエッグは、半熟だけど、黄身がたれてこない絶妙な固さだし、ベーコンもカリッとしつつ焦げていないという絶妙な火加減、まるでプロの料理人みたいだ。
「色々な方のレシピを参考にしていますので」
コンソメスープにはスライス玉ねぎ入り。朝から野菜を摂れるし、これが毎日続けば本当に長生きできそうだ。
「私が作れるときは良いのですが、居ないときが心配です」
「……俺も今、そう思った」
「何か方法を考えますね」
食後、大学に行く荷物の用意をしている間に、陽花は食器を片付け、お弁当を包んでくれた。
* * *
今日は向田さんが最寄り駅には来ないので、乗り換え駅で引き渡しだ。別れ際、陽花は名残惜しそうに手を振る。……たぶん俺も同じ顔をしてると思う。それだけ陽花に依存してるってことかな。
――授業中、何となくぼんやりしていると、高木さんが声をかけてきた。
「何かあったんすか? あ、そういえば例のアレ、描いてきましたよ」
そうだ、健斗のグラフィックだ。ちょっと楽しみで、ちょっと不安。
サマンサに発音を指摘されながら授業を終えると、高木さんがタブレットを見せてくる。
そこに描かれていたのは――利発そうで、イケメンすぎない、絶妙な顔の青年。
「えっ、スゴっ、健斗のイメージにピッタリかも」
……というかもう健斗の顔にしか見えない。
「アヤさん、ジョウズです! こんなサイノウあったノデスネ」
アヤ? ……そういえば、高木 彩だったな。
BL寄りの絵しか描かない印象だったので、普通の立ち絵の完成度に驚く。
「先輩、私を何だと思ってるんすか? 卒研用なんですから、ちゃんとわきまえてますよ」
……ごめん、反省しました。
「先生、こんな絵もありますけど、どうですか?」
「オー、イッツワンダフル、コンド、イケブクロいっしょにイキマショウ」
いや、やっぱり駄目だ。気をつけないと、スゴイの描いてきそうだ。
「昨日は、創作意欲が沸いて、色々描いたんすよね、先輩が居るから見せられないっすけど」
まさか、俺をモデルにしてないよな。そういや、悠二にもやけに馴れ馴れしかったし、もしかして……いや、これ以上考えるのはやめよう。
そういえば、いつの間にか元気出てたな。これってもしかして、高木さんなりの励ましだったのか?
多分、違うと思うが……
* * *
サマンサと高木さんと3人で研究室に行くと、悠二と三千花がいた。
「おっす、アヤぽん、元気してた?」
「あ、悠二先輩、お疲れっす! 元気っす!」
この二人、やっぱり波長が合うらしい。
しかし、アヤぽんって……いや、俺は呼ばない。
「えっ、アヤぽんさん? 悠二くんのお友達?」
三千花が混乱している。確かにこの2人、昨日会ったばかりには見えない距離感だ。
「社会学科2年の高木彩です。サマンサ先生の授業を受けています。よろしくお願いします」
「心理学科3年の野咲三千花です。こちらこそよろしくね」
三千花に肘でつつかれた。はいはい、どうせ俺が連れてきましたよ。
「健斗のグラフィックを描いてもらうことになったんだ」
「そうなのね、デザイナーさんなの?」
「いえ、そんな大層なものじゃないです。タブレットで趣味で描いてるんです」
まあ、趣味のレベル超えてると思うけど、好きで自分のためだけに描いてるんなら趣味なんだよな。
「これが昨日描いたグラフィックです」
と、高木さんが健斗の絵を三千花と悠二に見せる。
「すごい、イメージぴったり!」
「おー、さすがアヤぽん! さっそく取り込むっしょ」
嬉々として画像をインポートする悠二。こういうときはいつにも増してキーボードを打つ手が速いな。5分くらいで、健斗の顔がディスプレイに映し出された。
「こんにちは、健斗、アヤ……高木さんがグラフィック描いてくれたよ」
「ありがとうございます。この顔に恥じないように頑張ります」
「サイショから、ケントのためにアッタようなグラフィックデスネ」
「良かったー……普通のグラフィックで」
つい口にしてしまった。
三千花が眉をひそめる。
「普通ってどういうこと? 普通じゃない何かがあるの?」
しまった。
「本当は、こういうのを描いてるんですよ」
高木さんが、昨日の例のグラフィックを三千花に見せた。
「えっ……これって……もしかして」
三千花が目を白黒させてる。あっ、これは免疫ないやつだ。
「ソフトBLですから、そんなに変なのは出てきませんよ」
しかしそれでも、三千花は真っ赤になってうつむいてしまった。……予想外に可愛い反応だ。
「私、そういうの、ちょっと駄目で……」
「すみません、変なの見せて」
……よし。三千花は違うということが分かったから、「女の子はみんなこういうの好き説」は高木さんが言ってるだけだな。危うく信じるところだった。
何はともあれ、健斗のグラフィックは無事に決定。
二度目の研究は無事に進んで行くのであった。