【第65話】新妻風陽花とエプロン
『買い物はしてこなくて大丈夫ですよ』
と、陽花から連絡が入った。もしかして、また一緒に買い物に行くのかなと思ったので、さっさと帰宅することにした。一人暮らしなのに、家で誰かが待ってるって、変な感じだ。そして、それが姉貴ではないことが、テンションを上げてくれる。
「健斗は、なるようになる……かな?」
高木さんは、趣味や発言はともかく、絵心はあると思うので、ここは任せるしかない。BLは……ネットからの学習を優先させれば、じき落ち着くだろう。
――アパートの階段を上ろうとしたら、早苗さんが窓から手を振ってくれた。会釈して階段を登るが、何だろうあの微笑みは? などと考えながらドアを開けた……不意打ちだった……
「おかえりなさい!涼也さん!」
「えっ!?」
エプロン姿の陽花だが、何と服を着ていない……いや、水着を着ているのか……これは俗に言う水着エプロンでは?!
「さすがに、裸エプロンでは玄関に出られませんので……」
目に飛び込んできたのは、エプロン姿の陽花。
いや、正確には――水着の上にエプロン、である。
俗に言う水着エプロン。
想定外すぎて、脳が処理落ちを起こす。
「さすがに裸エプロンでは玄関に出られませんので……」
いや、水着エプロンで玄関に出てくるのも大概アウトだと思うけど!?
慌てて玄関のドアを閉める。
「ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも……」
「いや、ご飯もお風呂もまだ早いよね」
ツッコミを入れると、陽花は満面の笑みで、迷わずこう言った。
「では、私ですね!」
次の瞬間、思い切りハグされる。
玄関の段差のせいで、顔の位置がちょうど胸の谷間に埋まる形に――。
あったかいし、やわらかい。
アンドロイドとは思えない、人肌そのものの感触。いや、女の子に抱きしめられた経験がないからそう思うだけ……かもしれない。
姉貴にプロレス技をかけられたことはあったが、あれは別物だ。
「おかえりなさい、お待ちしておりました」
そうだった、ちゃんと留守番してくれてたんだよね、ずっと家の中でやることあったかな?
「ただいま、退屈してなかった?」
「はい、お掃除やお洗濯がありましたので、充実した一日でした」
部屋に入ると、きれいに整理整頓された本や雑誌、そして、塵一つなくピカピカになってる。これは、プロに掃除してもらったレベルだ。それから、取り込まれて畳んでいる途中の洗濯物と、部屋干ししてあったのだろう下着が干してある。大事なことなのでもう一度言おう、部屋に女性物の下着が干してある。
「あっ、こちらももう乾いていると思いますので、取り込みますね」
そう言って、陽花は下着を取り込み、当然のように畳み始める。
……なんか、ちょっとわざとっぽいのは気のせいか?
「ありがとう、洗濯もしてくれて、畳むの手伝うよ」
「大丈夫ですよ、涼也さんは、まず、手洗いうがいをお願いします」
あ、そうだった。帰ってきたばかりだった。
洗面所で手洗いとうがいを済ませて戻ると、すでに洗濯物はすべてきれいに畳まれていた。
「どうしよう、買い物に行こうか?」
「いえ、それが――お買い物には早苗さんと一緒に行ってきました」
さっき手を振ってきたのはそういうことか。いつの間に知り合ったんだ?
「昼間、掃除をしていたら、早苗さんがいらっしゃって、お買い物に連れて行って頂きました」
まあ、誰もいないはずの部屋から掃除機の音がしたら、そりゃ覗きに来るよな。
でも早苗さん、陽花のことをどう思ったんだろう。
「プールに連れて行ってもらった親戚の女の子という、差し障りのない設定にしてあります」
うん、育ての親だからあながち間違ってはいないのか? でもそれって、ホントかなと思いつつも、深くはツッコめない的なグレーゾーンの設定だよね。
「買い物のときに『いとこは、結婚できるのよね』とおっしゃっていました」
それは、絶対誤解されてると思うけど、それであの微笑みだったのか……何やら応援してくれてる感が漂ってたし……
「ですので、お食事はすぐに支度できますよ。今日はアジの開きと回鍋肉と夏野菜のサラダとお味噌汁です」
魚と肉が両方ある豪華メニュー。
これは間違いなく早苗さんの助言が入ってる。
「お風呂も洗ってありますので、すぐに汲めますよ、どうなさいますか?」
……ああ、玄関でのあれ、本当に準備してくれてたんだ。
ありがたいけど、明日には帰ってしまうのかと思うと、少し切なくなる。
「えーっと、そうしたら先にお風呂に入ろうかな」
「では、お風呂を汲んでしまいますね」
そう言って浴室に向かう陽花の後ろ姿――やっぱり水着エプロンだった。
――その後、風呂に入っている間に夕飯が完成。
アジの開きはふっくら、回鍋肉はピリ辛でご飯が進む。食後には、早苗さんとの会話や商店街の話を聞かせてもらった。
……なんだろう、この安心感。
陽花との生活は、想像以上に心地よい。
世間一般的な恋愛というのも、こんな感じなんだろうか……俺、ちゃんと普通の恋愛できるよね?……少し将来が心配になってしまうのだった。
すみません、投稿遅くなってしましました。