【第62話】稼働テストと、なけなしの理性
「少し充電できましたので、動いても大丈夫です」
晩ごはんを食べている間に多少充電できたみたいで、陽花が立ち上がった。そして、背中に入っているパッドはそのままに、コンセントを抜いた。
「充電しながら洗い物をしてみます」
ん? どゆこと?
「食べ終わった食器を持ってきてください」
そう言って、台所のコンセントに充電器のコードを差し込んだ。ああ、なるほど、充電しながら動けるかのテストか。
「食器洗いくらいの消費電力でしたら、おそらく、消費量よりも充電量の方が多いと思いますので、多少バッテリー残量が増えると思います」
「分かった、今、食器を持っていくね」
食べ終わった食器を持っていくと、テキパキと洗い始める陽花。
「洗い始める前が22%でしたが、このくらいの時間では増えているかどうか分かりませんね……食事の支度も同じようにして、私が行うべきでした」
いや、残りが15%切っていて、充電しないと動作に支障がでる状況だったんだよね、そんな状態で食事を作ってもらうとか、鬼畜の所業か。
「お風呂は洗わないといけませんが、さすがに充電したままお風呂場に入るというのは、漏電の危険性を考えると、難しいですね」
うん、普通の電源コードだからね、やめた方が良いと思うよ。
「それでは、ここからは、残りのバッテリーでの稼働テストに切り替えます」
食器を洗い終わると、手をタオルで拭いて、充電パッドのコンセントを抜いた。そして、そのまま、背中のパッドも抜き取ると、バッグに戻した。
「お風呂を洗いますので、少し待っていてください。それから、今日の洗濯物はどこですか?」
そういえば、プールに行ったので、水着やタオルがあるが、洗濯物のカゴのところに置いてある。
「洗濯機のところにあるカゴのとなりに、バッグが置いてあるけど、その中に入ってる、陽花のも、その隣に置いてあるよ」
「ありがとうございます。水着は一旦、水でゆすいでおいて、後できちんと洗うようにします」
と、洗濯機のある脱衣所に入っていった。うん、主婦っぽい後ろ姿だ。まあ、実際には結婚したことはないので、そんな感じがするというだけだが……
「退屈でしたら、お話はスマホ経由でできますよ」
急に、スマホから声がしてびっくりした。そうか、お風呂の掃除をしながらでも、スマホでしゃべれるのか、器用だな。
「バッテリーは大丈夫そう?」
「はい、まだ20%はありますので、大丈夫ですが、15%以下になると、徐々に電圧の低下が見られるようになります」
「それって、動作に支障はないの?」
「通常のバッテリーで残り10%までは正常稼働できたという記録がありますが、それ以下になると、実際に試してみないと分かりません」
「正常稼働できないとどうなるの?」
「想定されるものとしては、例えば、腕を曲げるときに、思ったほど曲がらないということがありますので、料理などの繊細な動きをするときに支障が出ます」
「なるほど、疲れてて、体が思うように動かないみたいな感じかな」
「そうですね、それから、AIの処理系に支障がでると、次の動作を命令することができなくなりますので、ある程度電圧が低下した段階で、AIを切り離してシステムを正常にシャットダウンし始めます」
「あっ、それが稼働停止状態か……そうなったら、お姫様抱っこで運ぶしかないってことね」
「そうです、その状態になったら、速やかにコンセントの近くに連れて行って、充電してください」
「分かった、もし、そうなったら、連れて行くよ」
と、そんな話をしていたら、陽花が脱衣所から出てきた……が、その姿は……プールのときに着ていた水着姿だった。
「一度、お風呂でゆすいでから、よく絞りましたので、大丈夫です」
いや、その心配はしてないけど……
「昼間はみなさんいらっしゃったので、堪能できなかったのではと思いまして……」
「確かに、まじまじとは見れなかったけど……」
自分の部屋に水着姿の女の子が居るという状況に、違和感しかない。
「それに、水着を着ていれば、一緒にお風呂に入れますし……」
前回は、メイド姿で背中を流してくれたけど、今度は一緒に入るってこと?
「駄目でしょうか……」
そんなに、しおらしくされると、断りづらいこと、この上ない。
「い、いや、駄目という訳ではないんだけど……」
「ありがとうございます!」
と、目の前に正座して、俺の手をとって、嬉しそうにそう言った。もう、これは俺のちっぽけな理性では断れない。
「お風呂ついでに、もう一つお願いしてもよろしいでしょうか?」
「なっ、何かな?」
「今日はプールに入ったこともあって、体を石鹸で洗いたいのですが、背中を流していただけないでしょうか?」
ぷちっ、と、小さな理性がはじける音がした……
そして、一緒にお風呂に入って、お互いに背中を流し合って、一緒のベッドで寝ました……が、神に誓って、やましいことは何もしていません。
恋人が出来たこともないのに、こんな経験をしていて、果たしてこの先、普通の人生が送れるのだろうか? そう思いながらも、一日の疲れがどっと出て、あっという間に眠りにつくのだった。