【第60話】泳ぐプールと帰り道
「そういえば、陽花は泳げるのか?」
プールの縁に腰掛けながら、ふと気になって尋ねてみる。
「そうですね、ある程度のスピードで泳ぐことで浮力が発生しますので、沈むことなく進むことが出来ると思います」
「じゃあ、一緒に泳ごうか!」
三千花が笑顔で誘いをかける。周囲は水遊び目的の人が多く、泳ぐ用のプールは意外と空いていた。
「私が先に行くね」
三千花が先にスタートして、クロールで水面を切り裂くように進んでいく。綺麗なフォームだ。きっと水泳経験者だな、あれは。
「私も行きますね」
陽花もスタート。最初は沈み気味で潜水状態だったが、加速するにつれて水面に浮かび上がってくる。そして顔を出した瞬間、俺は目を疑った。
「……平泳ぎ?」
そう、クロールではなく平泳ぎ。それも、まるでオリンピック選手並みのスピードだ。ぶっちゃけ、三千花のクロールより速い。
「これは追いつくんじゃないか?」
麗香さんの予言通り、陽花はグングン迫っていき、ほぼ同時にゴール。
「えっ、陽花ちゃんがいない……あっ、もうゴールしてる!? 全然泳ぐとこ見れなかった……」
自分がゴールしてから、陽花が泳いでくるのを見ようと思ってたみたいだが、結局同着だったので、完全に見逃したらしい。
「えーっ、陽花ちゃんの泳ぐところ見たかったのにー」
「すみません、でも、もう一度泳ぐと充電が無くなりそうです」
まあ、あの爆速平泳ぎじゃバッテリーも食うだろう。
「後は、見学しています」
そう言って体育座りでプールサイドに座る陽花……いや、水泳の授業を見学する中学生かな?
その後は、天音ちゃんと茜ちゃんが一緒に泳いで、意外と茜ちゃんが速いのにびっくりしたり、悠二と明日の昼飯を賭けた勝負をして、奇しくも敗れたり、サマンサと向田さんの背泳ぎでゆったり泳いでるのを見て癒やされたり、麗香さんにも対戦を持ちかけられて、またもや敗れてしまったりと、泳ぎも充分に堪能した。
「涼也先輩、大丈夫ですよ、私も遅いですから」
天音ちゃんが励ましてくれるが、今やったら負ける気しかしない。
「ソウデス、リョウヤ、ニンゲンはサカナじゃアリマセンカラ」
サマンサの慰め(?)も入るが、クラゲのように漂うのはここじゃない。
「最後に流れるプールに行きましょうか」
体育座りから復活した陽花が提案。
***
流れるプールでは、陽花の浮輪につかまってプカプカ。三千花も来たので2人で浮輪をぐるぐる回す。陽花は「360度景色が見れて楽しい」と喜んでいたので、いつもより多めに回してあげた。
天音ちゃんも、それを見て、うらやましそうにしていたので、同じことをしてあげたら、「やっぱり目が回ります」と早々にリタイア。
サマンサはのんびり浮いているように見えて、水面下では必死の立ち泳ぎ。
「ユウガなジカンをスゴスためには、ミエナイドリョクがヒツヨウなのデス」
先生みたいなことを言うが、まあ先生だしな。
悠二と茜ちゃんは楽しそうに会話。向田さんと麗香さんは焼きとうもろこしを買い食いしていた。各々、好きな時間を過ごしている。
***
「それでは、みなさん、今日はお疲れ様でした」
陽花の挨拶で解散。帰りの電車では全員ぐったりだろうと思っていたら、向田さんがバッグを差し出してきた。
「充電が切れそうなので、一番近い涼也さんの家で充電させてください。明日の朝、駅まで迎えに行きます」
「えっ、お泊まりですか?」
天音ちゃんが驚くが、「アンドロイドだから何も起きないよ」と説明すると納得してくれた。
帰りは天音ちゃん、陽花、俺の3人が同じ電車。陽花おすすめの空いている車両に乗ったら、本当に空いていて座れた。駅の出口位置からちょっと遠い車両らしい。
座った途端、右の陽花は活動停止、左の天音ちゃんも寝息を立てる。両側から寄りかかられて、俺はなんとなく寝るのがもったいなくて起きていた。
天音ちゃんは天使みたいな寝顔だな……陽花は寄りかかる必要あるのかな?直立で活動停止は怪しいから、カモフラージュか? そんなことを考えているうちに駅に到着。
2人を起こして、家まで歩く。
「陽花さんて、どこからどう見ても普通の女の人ですよね」
「そう言っていただけると嬉しいのですが、実は充電がギリギリで、もうバッテリーが切れそうです」
「そうなんだよね、食事でエネルギー補給できないから、家で充電するしかないんだよね」
「なるほど、そういうところは気をつけないといけないんですね……」
天音ちゃんと陽花も仲良くなったし、みんなが自然に接してくれるのはありがたい。陽花の陽花の頑張りもあるんだろうけど。
長い1日だったが、みんなの距離が近づいた良い1日だったと、しみじみ思うのであった。
すみません、ちょっと投稿遅くなりました。
いつも読んでいただいている皆さん、ありがとうございます。