【第6話】研究室の空気が華やいだと思ったら、凍りついた!?
「これで、お前ん家のPCからでも陽花にアクセスできるようになった」
そう言って、悠二がポチッと何かのプログラムを走らせた。
陽花――俺たちの研究室で開発中の対話型AI。
その人格は、やたらと生き生きしていて、たまに女子高生みたいなテンションになるのが難点(?)だけど、最近ちょっと可愛く見えてきた自分が怖い。
それはさておき。
「マジで? 家でも陽花と話せるのか!」
「まぁ、大学のネットワークに直接外から入れるわけにはいかんからな。倫理的にアウトだし」
といいつつ、悠二レベルなら余裕で入れちゃうらしい。だが、そういうところはちゃんとしてる。
その代わりに、俺の家のPCに識別子を置いて、そこを通じて陽花が「ネットの海を泳いで」やってくる仕様らしい。
つまり、陽花は“会いに来る”んだ。
……なんかそれ、ちょっとドキドキする表現じゃない?
「でも、俺のプライバシー、大丈夫か? 変な検索履歴とか陽花に見られたら……」
「俺のPCにつないだら、陽花が二次元に染まっちゃうだろ。そっちのが怖ぇよ」
いやそれ、お前が守るの、俺のプライバシーじゃなくて陽花の趣味かよ。
などと未来の情報流出に怯えていたそのとき――
「……あれ? 涼也くん?」
研究室のドア(というか、放熱のために開けっぱなしの入り口)から、ひょっこり顔をのぞかせたのは――野中三千花。
「おお、三千花たんじゃん。どうしたの?」
と、なぜかいきなり“たん”付けで呼ぶ悠二。やめて、第一印象が壊れる。
三千花は、少し引きつった笑顔を浮かべながら、
「え、えーっと、涼也くんに『鬼平犯科帳』貸すって言ってて……ちょっと減らしたんだけど……重くて……早く渡したくて……」
と謎の言い訳モードに突入。
その手には……ごっそり文庫本。え、5冊? 文庫だよね? それで“減らした”ってどういうこと?いったい鬼平って何巻まであるの?!
「ありがとう! 楽しみにしてたんだ。読むね!」
疑問は喉元まで出かかったけど、なるべく顔に出さずに受け取る。
そしたら、三千花がちょっと嬉しそうに笑って……あ、やばい、それちょっとかわいい。
が、隣で冷静に「ガチ歴女だったん……」とつぶやく悠二。知ってたろ、お前。
「そういえば、ちょうどお昼時なので……おにぎりとか持ってきたんですけど、ここって飲食禁止ですか?」
お、来た。手作り弁当攻撃。
しかも、なぜか悠二には敬語。ビジュアルのせい? 確かに、こいつ黙ってればハリウッド系の濃い顔だからなぁ……。
「飲食? もちろんOKだよ。悠二なんてポテチ食いながらコード書いてるし、夜食にカップ麺とか食べるし」
そう答えると、三千花は安心したように――
手提げ袋から、唐揚げ、ほうれん草入りの玉子焼き、微妙にタコさんっぽいウインナー、ミニトマト、ブロッコリー、混ぜ込みご飯になった鮭、梅干、おかか、昆布と高菜かな?のおにぎりを取り出してきた。
「マグカップとかあれば、お味噌汁もあります」
と大きめの保温ボトルも取り出した。
戦が始まった。
「おほー、三千花たんの手作り弁当!」
と当然のように参戦しようとする悠二。
お前、今日話すの初めてだろ!? そのフレンドリー精神、どこで売ってた?
――と思ったけど、俺もほぼ初対面で唐揚げもらってたな……。
人のこと言えんかった。
悠二がコーヒー飲む用のマグカップを三千花に渡すと、
「そういえば、いつもお湯ってどうしてるんですか?」
「GPUの排熱をペルチェ素子で集めて、湯沸かしてます」
とかさらっと答える。いや、それお前の魔改造やろ!
「えっ、ペルチェ?情報学科って……そういう実験も……?」
と、まるで理系の闇を覗いたような顔をする三千花。
そこに、ついに**“彼女”**が口を挟んだ。
「違いますよ、それ悠二さんの趣味です。普通はそんなことしません」
パソコンのモニターから聞こえる少女の声。
びくっと反応する三千花。
「こんにちは! 女の子さんだったんですね。私は三千花です。よろしくおねがいします!」
と、丁寧に自己紹介してくれる三千花。
……が、モニターに映る陽花の表情、ちょっと険しくない?
いや、気のせい? 女の子同士の謎の火花みたいなのが見えるんだけど。
そして三千花は、モニター越しにぽつりと一言。
「これが……食費を削って作ったAIなのね……」
それ、なんか言い方がちょっと怖い。
こうして、俺の平和な(でも謎多き)研究室に――
手作りお弁当を持った乙女と、
クラウドを通じて俺のプライバシーを覗きにくることになったAI少女が対面することになって、
GPUの放熱で暑いはずの研究室の空気が、一瞬凍りついたような気がした。