【第59話】スライダーの下で
「ウォータースライダーですか?」
陽花がそう尋ねたのは、みんなが「せっかくだから滑ろうよ」と盛り上がったときだった。
「みなさんは、スリルやスピード感を楽しみたいということで、滑りたいという気持ちは分かるのですが、私はスリルを味わうことができませんので、滑る理由がありません」
うん、つまり滑りたくないってことだよね。分かります。
「じゃあ、俺は陽花と下で待ってるから、みんな行ってきなよ」
正直、俺もウォータースライダーはあまり得意な方じゃない。だから陽花と一緒に待っていよう。
「涼也さんは、みなさんと一緒に行って頂いても構いませんよ」
いや、構います。お願い、ここにいさせてください。
「もしかして、ジェットコースターとかも駄目なの?」
三千花が興味津々に尋ねてくる。
「いや、景色を楽しめるとかなら良いんだけど、単純に落ちるだけ系はちょっと……」
そう素直に答えると、
「なるほど、じゃあ、留守番ね」
話が早くて助かる。
「私に遠慮している訳じゃなければ、一緒に待っていて頂いても構いません」
むしろ、ここに一緒に居てくれる人がいてありがたい。ありがとう、陽花。
「それでは、みなさんの浮輪や荷物をお預かりします」
そうして、みんなはぞろぞろと階段を登っていった。
「涼也さんは、こういうの苦手なんですね」
「うん、小さい頃、姉貴に無理やりフリーフォールに乗せられて以来、単純に落下する系はちょっと……」
訳も分からず連れていかれて、結果、怖さだけが記憶に残った。
「なるほど、トラウマになっているということですね」
「うん、それがなければ大丈夫なんだけどね……」
「私も、実は衝撃には弱いのです。通常は水に潜っても大丈夫ですが、落下による水圧や衝撃は回路にダメージを与える可能性があります」
なるほど、だからあのときは「スリルを味わえない」と言っていたのか。本当はもっと切実な理由だったんだな。
「飛び込みプールとかも危ないね」
「はい、避けるように設計されています」
そんな会話をしながら、スライダーから滑ってくるみんなを下から見守っていると、一組の親子連れが近づいてきた。
「先程は、息子を助けて頂いてありがとうございました」
陽花が助けた男の子と、そのご両親だった。
「いえいえ、元気に回復したようで、良かったです」
男の子はしっかり歩いており、顔色も良い。
「おねえちゃん、さっきは助けてくれてありがとう。あと、ぶつかっちゃってごめんなさい」
丁寧に頭を下げる男の子。その礼儀正しさに感心してしまう。
「どういたしまして。ちゃんと、お父さん、お母さんと一緒に遊ぶのよ。あと、プールサイドは走っちゃ駄目よ」
陽花って、子供に話しかけるときは、お姉さん口調なんだな……ちょっと新鮮。
「うん、わかった」
「でも、ぶつかってくれたおかげで、その後、すぐに溺れたのを見つけられたから、結果的には良かったわ」
「ありがとう、おねえちゃん……グスッ……」
男の子が陽花の足にしがみついて、ちょっと涙ぐんでいる。まあ、照れ隠しとはいえ、悪態をついちゃった相手にやさしくされたら、そうなっちゃうよね。
助けたのがすぐだったので、多少水を飲んだくらいで午前中休んで回復したらしい。午後からは子供向けのキャラクタープールで遊ぶ予定だそうだ。
ご両親からも何度も頭を下げられて、ようやく、家族仲良く子供用プールの方に移動していった。
「元気になってくれて、良かったです」
「そうだね。陽花がすぐに助けてくれたから、回復も早かったんだね」
「人間は、苦行を楽しむのが好きなんですか?」
「えっ? どういうこと?」
「呼吸が不要なアンドロイドと違って、人間は水中で数分しか活動できません。それなのに水に潜ったり、高いところから水に飛び込んだりします」
「それはね、自分の限界に挑戦したくなったり、人よりも優れているという感覚を味わいたい気持ちがあるんだよ」
「優越感、ですか……私は1号機や2号機が、自分と同じようにできないと、どうにかして、同じことで出来るようになれないかを考えてしまいますが……」
そうか、それが陽花にとっては自然な感情なんだ。
「やっぱり陽花はすごいよ。人間は中々そうはできないんだ」
「でも、涼也さんも、同じようにされていると思いますが」
ああ……最近「先生」って呼ばれることが増えたのは、そのせいか。何だろう、陽花から良い影響を受けてたのかもしれないな。
「私がそう思えるのは、涼也さんのおかげです」
「ん? そうなのかな? 自覚はないけど……」
俺も陽花に良い影響を与えてたってことか?
「お礼に、抱きしめて差し上げましょうか」
「えっ!? いや、こんな人が多い場所ではちょっと……」
「では、今度、二人っきりのときに……」
とんでもない約束をされてしまった。大丈夫か、俺の理性……。
――その後、みんながスライダーを滑り終えるまで、陽花と一緒に下で見守っていた。
ちなみにサマンサの水着が途中で取れてしまい、大騒ぎで探す羽目になったのは、また別の話である。