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【第58話】ラーメンと当たり前の未来

「そろそろ、お昼にしましょうか」


そう言ったのは、陽花だった。


ゆらゆらと波に揺れながら、心地よい浮遊感とともに時の流れを忘れかけていた俺たちだったが、その一言に思わず空腹を思い出す。


「確かに、そろそろお腹空いてきたな」


陽花の提案に、みんなも賛成してるからちょうど良いタイミングだと思うけど、空腹を感じることはないはずなのに、どうして分かったんだ?


「朝、みなさんが家を出た時間と、午前中の運動量から計算して、そろそろかと」


なるほど……ロジカルに考えてたのか。自分は食べなくて良いのに、すごい気遣いだな。なんか今日は陽花に全部任せっきりの感じがしてる。


「充電は大丈夫? こっちはご飯食べれば回復するけど、陽花は……」


「はい。いつもの内蔵バッテリーでも一日活動は可能ですが、今回は水辺での活動もあるため、大容量タイプを装着しています。多少重くなりますが、その分余裕があります」


なるほど。それで浮きにくくなっているのかもな。


「水中では水の抵抗があるため、消費が増えますが、浮輪で浮いている間はほとんど消耗しません」


「ということで、午後は泳いでみようと思います」


おお……なかなかのチャレンジ精神だ。まあ、向田さんもうなずいているから、計算通りなのかもしれない。


「じゃあ、私と一緒に泳ごうっか」


待ってましたとばかりに、三千花が声をかける。やっぱり、泳ぎたかったんだよね。


「その前に、昼食にしましょう。私が買ってきますね。やきそば、フランクフルト、ホットドック、カレーライス、ポテト、唐揚げ、ハンバーガー、焼きトウモロコシ……この辺りが定番かと」


いやいや、さすがにそれは持ちきれないでしょ!


「うん、一緒に行くよ。悠二はポテトと唐揚げで良い?」


「おう、トレイに載せればいけるだろ。一緒に並ぶっしょ」


「私たちも手伝いますね!」


天音ちゃんと茜ちゃんも、元気に付いてきてくれるようだ。


「私たちは席を取っておくわね」


と、三千花はサマンサ、向田さん、麗香さんと一緒に席の確保を申し出てくれた。


「それでは、皆さんの注文を覚えますので、どうぞ順番におっしゃってください」


注文をメモも取らずに覚えていく陽花。熟練のウェイターさんみたいだ。地味に助かるな。


***


――注文列に並ぶこと約10分。


人は多かったが、無事に全員分の料理を購入できた。俺は何か温かいものが欲しくて、ついラーメンを選んでしまった。真夏のプールでラーメン。……今思えば、どうかしていたかもしれない。


「席は取っておいたから、運ぶの手伝うわよ」


三千花がすかさず手伝いに来てくれた。こういう時、飲食業で鍛えられた彼女は頼もしい。


「ちょっと、なんでラーメンなんか頼んでるのよ。それ、私が持つから。こっちのトレイ持って」


ラーメンの丼を両手で大事そうに持っていたら、トレイごと奪われた。華奢な腕に見えるのに、片手でラーメンのトレイ持って、もう一方の手で別のトレイ持つのすごいな……


***


だが、座席に戻った瞬間、場の空気が一変した。


俺たちの席には、見知らぬ男が三人。どうやら、ナンパ目的で女性陣に声をかけているらしい。


「いいじゃん、一緒に遊ぼうぜ」


「これから食事だと、何度も言っているだろう」


麗香さんが毅然と断ってはいるが、今日は美少女モード。どうにも迫力に欠けてしまっている。


「お待たせしました。こちらに置きます」


そんな空気をものともせず、陽花が黙々と料理をテーブルに並べていく。


「おい無視かよ。お前もこっち来いよ。おっ、なんだよ可愛いじゃん」


男の一人が、陽花に手を伸ばす。その瞬間。


「いえ、一緒に来ている人がいますので」


陽花はそう言って、迷いなく俺の方を向いた。


「こいつ? こんなのより、俺たちのほうが楽しいぞ」


こんなの呼ばわりか……確かに迫力には欠けるかもしれないけど、言いたいことは言わせてもらおう。


「彼女たちとは一緒に来てるんです。もう声をかけるのはやめてください」


「はあ? なんだお前、生意気だな。なあ? 姉ちゃん、こんなのと一緒にいるより――」


男の手が陽花の顔に伸びかけた瞬間、彼女は静かに、けれど確かな言葉を発した。


「いえ、私は彼のことを一生面倒見ると約束していますので」


……え?


一瞬で場が静まり返った。


「う、嘘じゃねぇだろうな?」


「私は嘘はつきません」


陽花の真っ直ぐな瞳に、男たちは圧倒されたようだ。


「……なんか、しらけた。行くぞ」


捨て台詞を残して、男たちは去っていった。


静寂。


「……そんな約束してたんだ」


「先輩と陽花さんって、やっぱりそういう関係だったんですね……!」


「うむ、やるじゃないか。良いものを見せてもらった」


「マルデ、アニメノのヒト ミタイ デス!」


悠二と茜ちゃんは、キラキラした尊いものを見るような目で見ているし、向田さんに至っては、娘を嫁にやる母親のような目をしている。


「いや、えーと……その、約束というか……最初から一緒にいるつもりだったというか……?」


やばい、なんかすごい誤解を生んでいるような気がする。


でもまあ、三千花もやれやれという感じだし、みんなも生暖かい目でみてくるので、とりあえず、一見落着なのか?


「そんなことより、食事にしましょう。冷めてしまいますよ」


陽花にそう言われると、みんな、席につきはじめるのだった。


***


そして、その後。


何ごともなかったように、みんなで昼食を囲んだ。


トレイに載せられた料理がずらりと並び、わいわいと楽しい時間が流れる。


案の定、伸びたラーメンをすすっていると、俺のことを陽花が見つめていた。


一生面倒を見てくれるのか……ラーメンの塩っぱさを感じながら、そんなことを考えていると、何かそれは、当たり前に訪れる未来のような気がするのだった。

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