【第56話】水着とトロピカルジュース
「やっと着きました。チケットはまとめて買いますので、少々お待ちください」
陽花がそう宣言し、まるで添乗員のようにきびきびと動いてくれるおかげで、総勢9名という大所帯にもかかわらず、混乱もなくプールに到着した。
「陽花さん、すごい気遣いです、これじゃ、かないません」
天音ちゃんが、どこか対抗心を燃やしているような口ぶりで陽花を褒める。いやいや、陽花もただ学習経験を積むためにやってるだけで、競い合う必要はないんだけど……。
「入ったら、更衣室で分かれるわよね。出たところで待っててくれる?」
三千花に言われて、うなずく。
「うん、分かった。更衣室出たところで待ってるから、みんな一緒に出てきて」
どうにも、麗香さんあたりが勝手にどこかへ行ってしまいそうで不安がある。単独行動は避けて欲しい。
「はーい、こちらがチケットです。みなさん、1枚ずつどうぞー。向田さん、こちら領収書です」
……ん? これ経費で落ちるのか? 福利厚生費か何かだろうか?
とにかく、チケットを受け取り、いざ入場。更衣室で男女に分かれ、俺と悠二はあっという間に着替えて出口で待機。
「家族連れも多いなー」
夏休み真っ只中、ちびっ子たちが元気に走り回っている。
「女子の着替えは長いっしょ。移動、移動」
悠二の言葉にうなずき、建物の陰で待機することに。とはいえ、これから水着姿が見られると思うと、待ち時間も期待という名のスパイスに変わるというものだ。
「お待たせしましたー」
陽花を先頭に、三千花、サマンサ、向田さん、麗香さん、天音ちゃん、茜ちゃんが現れる。――って、うお。目のやり場に困る。
サマンサの圧倒的なボディがまず目に飛び込んできたが、無理やり視線を陽花に向ける。いや、それもまた刺激が強い。
タンクトップ風のトップスに、短めのスカート。露出は控えめなはずなのに、白く細い腕とおへそ、そしてスラリと伸びる脚が……。
「どうですか? 外でみるとまた違いますか?」
陽花の問いに、思わずうなずく。炎天下で反射するその白肌は、サマンサほど真っ白というわけではないが、絶妙なコントラストで引き立っていた。周囲の男性陣が、もれなく二度見してるのも納得だ。
「あっ、うん。この前見たのとは違う水着みたいだ……すごい、似合ってる……」
自分でも毎回似たようなことしか言えてない気がするけど、麗香さんが「そうだろう、そうだろう」と納得してるから、まあ良しとしよう。
三千花は陽花とサマンサに挟まれて、少し気の毒なポジション。だが、パレオとトップスの結び目が対になっていて、清楚ながらもドキッとさせられる。
「どう? 選んでくれた色にしたけど」
「そ、そうだね。ブルー、よく似合ってる。デザインもかわいいと思う」
――いや、水着を着た三千花がかわいいんだと思うが、みんなの前で言う勇気がなく、ついデザインを褒めてしまった。
「うん、ありがとう」
そんな風に素直に感謝されると、自分のヘタレ具合が情けなくなる。
「ミンナいろんなミズギ、タノシイデス!」
サマンサはチューブトップのビキニ。あれ、ホントに固定されてるのか……? ウォータースライダーは無理だよね?
向田さんはシンプルな黒いワンピース。大人の魅力を醸し出してるけど、ナイトプール向けじゃないか? まあ、本人が楽しそうなら何でもいい。
で、問題の麗香さん。フリフリのついたビキニで登場。アニメから出てきたようなビジュアルだが、この人いったい何歳なんだろう……サマンサが目をキラキラさせてる。
「何か言いたいことがありそうだが……無論、成人している」
心の声を読むな……! でも、年齢が分からないってのはホント困る。
そして、控えめながらも白い大きなリボンがついたビキニを着た天音ちゃんが現れる。
「お母さんが選んでくれたんですけど、どうですか?」
「うん、天音ちゃんのイメージにピッタリだね。かわいいと思うよ」
天音ちゃんには素直に言えるんだけど……アレ?みんなの視線が痛い。三千花からは「逮捕するわよ」という無言の圧力が……
茜ちゃんは、フリル付きのセパレートタイプ。悠二と並ぶと、完全に父娘。もう、微笑ましいから放っておこう。
「ドシン!」
ん? 小さな男の子が陽花にぶつかって転んだ。
「大丈夫?」と陽花が手を引いて起き上がらせてあげる……
「へ、平気だ! こんくらい! ちゃんとまわり見てろブス!」
……え、今なんて? 流れるプールに向かって走っていく男の子。その捨て台詞、完全に照れ隠しだよね? あと、元気なのは良いけどプールサイドは走っちゃ駄目だよー
「大丈夫だった?」
「これくらいの衝撃でしたら、全く問題ありません。むしろ転んだ男の子の方が心配です」
「うん、まあ、尻もちをついただけだったみたいだし、元気に走って行ったから大丈夫そうだけど……」
麗香さんを見ると、「ぐぬぬ、陽花をブスだと、ゆるさん」とか言ってる。やめて子供と張り合うのは……大人でしょ。
「親御さんはどこに居るのかしら」
三千花の言うことも当然だな。けがしないように子供から目を離さないのも親の責任だ……まあ、この混雑だと迷子とかもあるのかもしれないけど……
「涼也さん、ちょっと待っていてください」
陽花が、突然走り出した。
「えっ? どうした?」
流れるプールに足から入ると、そのまま潜りだす陽花……ザバッと水から出てきたときには、両手にぐったりとした子供を抱えていた……さっきの男の子だ。
監視員が駆けつけ、陽花はうつ伏せにして応急処置。男の子はすぐに「ごほっ、ごほっ」と水を吐き、意識を取り戻す。どうやら水中で踏まれたか何かして、潜ったまま意識を失ったらしい。
何とか、応急処置が終わると、完全に意識を取り戻したみたいだ。お父さんとお母さんらしき人が現れて、監視員さんたちと一緒に医務室の方へと向かっていった。
「溺れてすぐでしたので、意識が戻って良かったです」
いや、陽花が気づいて無かったら、危なかったってことだよね。でも、陽花にぶつかってからそんなに時間経ってないから、溺れてほんとにすぐ助けられたってことか。
「ぶつかって、けがが無いか、しばらく見ていたのですが、潜ったまま上がってこなかったので」
ぶつかって転んだから、心配して見てたのか。陽花が気づいてくれて良かった。
「ぶつかったときに、お父さんとお母さんを捜してあげられれば良かったのですが……」
「いや、陽花がすぐ気づいてくれて助かったよ。ありがとう」
「分かりました。良い方向に考えます」
そう言って、ようやく陽花も笑顔に戻る。
「それでは、すみません、みなさん、炎天下でお待たせしてしまって……何か飲み物でも買いに行きましょう」
ガイドさんモードに戻った陽花に連れられ、みんなでドリンクコーナーへ。すると陽花が、トロピカルジュースを指差した。
「涼也さん、これにしましょう」
カップル向けの、ストローが2本ついたやつだ。なんでそれ?
「これなら、飲んでいるみたいに見えますよね。まったく水分を補給していないと不自然ですので」
この流れでは断りづらい……結果的に、俺は陽花と同じジュースを飲んでいる“フリ”をすることになったが、顔が近い。近すぎる。目のやり場がない。
……まあ、陽花が満足そうなら、いいのかもな。
「陽花さん、すごいです。積極的です」
天音ちゃんがつぶやいている……変にリスペクトとかしないで欲しいけど……
――こうして、波乱のプールが、トロピカルカラーと共にようやく幕を開けたのだった。