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【第51話】新たなるAIと、夏の始まり

「プログラムのセットは終わったんよ」


悠二がサーバー群に向かって、手際よくコマンドを打ち込む。画面に表示されるログの流れが止まり、すべてが正常に接続されたことを示していた。


「サーバーの接続はOKだよ」


陽花を最初に動かしたときよりも、かなり拡張済みの研究環境。これなら、多少負荷が掛かっても問題ないはずだ。


よし、あとは悠二にGoを出せば――そう思った、そのときだった。


「こんにちはー、バイトまで時間あるから来ちゃいましたー」


勢いよく開いたドアの向こうから現れたのは、心理学科の三千花だった。理系の研究室には眩しいくらいの明るさを携えて、ニコニコと笑いながら入ってくる。


「おー、三千花たん、ちょうど良いところに来たっしょ」


「えっ、どうしたの、2人とも真剣な顔して?」


ああ、うん。これが一般的な研究室のデフォルトなんだけどな。普段がゆるすぎるだけで。


「実は、卒業研究用に、新しいAIを稼働するところなんだ」


「えっ、もしかして、私来なかったら勝手に始まっちゃってたの?」


図星すぎてグサッと来る。


たしかに、三千花もこのプロジェクトの仲間ではあるけど、夏休みにわざわざ呼び出すのも悪いなと遠慮していたのだ。いや、それでもやっぱり声くらいかけるべきだったか……。


「むー、私だけ仲間はずれになるところだったのね!」


頬を膨らませる仕草が、地味に可愛い。うん、ごめん。普通に罪悪感わいてきた。


「ごめん、ちゃんと動くか分からなかったから……」


「まあ、間に合ったから良いけど……あっ、こちらの方は?」


三千花の視線の先には、悠二の後ろにちょこんと立っていたサマンサ。イギリスから来たサマースクールの先生で、さっきまで彼女のノートPCの設定を手伝っていたところだ。


「こちらは、サマースクールの先生で、サマンサさん。さっきまで先生のパソコンを設定してたところ」


「初めまして、野咲三千花(みちか)です。心理学科の3年生です。よろしくお願いします」


さすが、先生相手だとしっかり挨拶するんだな……おい、そこの視線! 胸を見るな!……いや、まあ、見ちゃうよね。女の子でも見ちゃうんだからしょうがないよね。


「ハジメマシテ、サマンサです。イギリスからキマシタ。ジャパニーズビューティー、とてもかわいいデスネ」


「えっ、そんな、先生もとてもお綺麗ですよ……!」


褒められて照れる三千花。だが、実際サマンサもかなりの美人さん。黒縁メガネを外せば、雑誌に出てきそうな整った顔立ちである。


さて、挨拶はこの辺で切り上げよう。何せ、今はAIの起動が最優先だ。


「まあ、自己紹介はそれくらいにして、そろそろ起動してもいいかな?」


悠二に「Go」のサインをだすと、


「じゃあ、起動するっしょ」


悠二がキーボードにコマンドを打ち込むと、待機していたサーバーたちが一斉に動き出す。そして、モニターに一文。


『こんにちは』


AIの最初の起動メッセージが表示された。まだこれは、プログラムされた初期応答。いわば産声のようなものだ。


『こんにちは、初めまして』


こちらから返事を入力すると、次のプロンプトがすぐに返ってきた。


『初めまして。私の名前を教えてください』


――あ、名前考えてなかった。


「三千花、なんか良い名前ない?」


「えっ? 私が決めて良いの?……じゃあ、健康の『健』に、北斗の『斗』で、健斗くん!」


……おお、健康の「健」って、AIのネーミング的には、なかなか新鮮。では、それでいこう。


健斗けんと


入力を確定すると、次の文が表示された。


『私は健斗です。これからインターネット学習に入ります』


そして、そのまま沈黙。ここからは一晩中、学習に入るため、リアルタイムの反応はなくなる。


「えっ、これだけ?」


「うん、ここからが長いんだよ……」


サマンサも横から画面をのぞき込む。


「コレがAIナンデスネ」


「まだプログラムされた応答しかしてませんけど、明日には少しは喋るようになりますよ」


「ナルホド、学習があって、シャベリがあるのデスネ」


「うん、わざわざ呼ばれなかった理由が分かったかも……でも、名前つけられたから良かったかな」


三千花が名付けたことで、今回は“男性型”のAIになった。陽花との対比もできて、研究にはもってこいだ。しかも、リアル筐体は女性型ばっかりだったから、健斗は、この研究室に骨を埋めてくれそうだ。


「あっ、そろそろバイトだから、行くね。良かったら食べにきてね」


「うん、『つゆだく』食べに行くよ」


「お願い、やめて!」


手を振って去っていく三千花。その背中を見送ってから、僕はモニターに向き直る。


「じゃあ、サーバーのチェックしようか」


「うん、了解っしょ」


サーバーのログを一台ずつ確認していく。モニターの前でキーボードを叩く僕の姿を見て、サマンサが驚きの声を上げた。


「リョウヤ、すごいスピードデス」


「ホントウは、エイゴ、シッテタのデスネ?」


「いえ、パソコンがないと、ダメなんです。あと、聞いたり話したりができません」


「話すノハ、カンタンデス、ムズカシク考えないコトデス」


――そうか、そんなふうに考えたこと、なかったな。


難しい言葉で長々と話さなければ会話できない、と思い込んでたけど……案外、日常会話って、短くても伝わるのかもしれない。


「イッショに、ベンキョウしまショウ!」


サマンサがそう笑って言う。健斗も静かに学習を続けている。なら、何か学んでみようかな。今年の夏休みは、思った以上に――熱くなりそうだ。


せっかくの夏を無駄にしないで、頑張るとしますか……

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