【第48話】秋葉原で買い出し中に遭遇
「おにーさん、どうですかー!」
炎天下のアキバの歩道に、甲高い呼び込みの声が響く。俺は反射的に目線を逸らし、まるでその声など聞こえなかったかのように、真っ直ぐ足を進めた。道の両側には、メイド喫茶やらコンセプトカフェやらのお姉さんが満面の笑みでお店をアピールしている。思わず目を奪われそうになる衣装と笑顔――だが、今日はそういう目的じゃない。
「暑いのに、大変そうだな……」
つぶやきながら、自販機で買ったおいしい水で喉を潤す。あまり暑すぎると、水しか受けつけない。
今日はAIプロジェクト再始動に向けて、研究室の機材を整えるための買い出し日。というのも、まさか、リアル陽花を卒業研究として連れて行くわけにはいかないので、新しいAIの学習を開始する予定だ。メインは、ケーブル類と追加パーツ。何より大事なのは、予算内で全部揃えることだ。
――悠二を誘わなかったのは正解だった。
ふたりで来れば交通費も増えるし、あいつはどうせ無駄なパーツやグッズに手を出す。ひとりなら誘惑に耐えられる。たぶん。
「いらっしゃいませー」
中古パーツショップに入ると、陽花の音声が耳元で囁く。
『先程のお店より、2,000円安いですね』
陽花がアドバイスしてくれるが、このモデルは性能の割に値段が高くつけられているので、ちょっとまだ高いかな?あと、箱いらない。
「中古PC屋にも寄ってみるか」
中古PC屋は、中古のパソコン本体を売っているお店だが、使えなくなったパソコンから使えるパーツだけ取り出して売っていることがある。元の引取り価格が安いので、価格設定も良心的だ。当然、箱も無いのでその分安くなってる。
俺がちょくちょく通う店に行ってみると、カウンターの奥で店長が困った顔をしていた。視線の先には、金髪に青い瞳――明らかに外国人の女性が、店長と押し問答をしている。
「OSが10月でサポート終了になるので、その価格なんです」
「PCが使えなくなるわけではアリマセンよね?」
日本語は一応しゃべれるようだが、店長の言うことを理解できていないみたいだ。
困った店長の方を見ると、「このPCは10月にOSがサポート切れになると新しいOSが入れられないスペックで、それを何度も説明しているんですけど……」と、俺に訴えてきた。
「英語は話せますか?」
と聞いてみると、これは理解できたようで、
「Yes, I’m an English teacher.」
『はい話せます、私は英語の教師です、と言っています』
陽花に自動音声翻訳機をやってもらおう。俺の説明を陽花が英語に翻訳すると、彼女は理解してくれたようで、にっこりと微笑んだ。
「Linux入れれば、使えるデスか?」
どうやら、インターネットとメールだけ使えれば、アプリはクラウドのものしか使わないから、OSは何でも良いそうだ。
「ええ。インターネットとメールはできますよ。OSは自分で入れないと駄目ですが……」
結局、サポート切れになるOSに未練はなく、Linuxという別のOSを入れれば使えるということで、お買い上げになった。なんでも、デザインが可愛くて、ひと目で気に入ってしまったそうだ。
ただ、お店でLinuxをインストールすることは出来ないということで、なぜか俺が代わりにインストールしてあげることになった。陽花、本当に俺が言った通りに翻訳してたか?いや、英語が分からない俺がいけないんだけど……OSインストール用のUSBメモリは持ってるから、まあ良いか。
――
そして俺たちは、近くの静かなメイドカフェに移動した。サマンサさん(金髪のお姉さんの名前だ)が「ジャパニーズメイドに会ってみたいデス」というので、落ち着いてLinuxをインストールしつつ、メイドさんも見られるところにした。ちなみに、紅茶を頼むと最初の1杯はメイドさんが注いでくれる。
「かわいいメイドサン、実在デシタ!」
サマンサさんは目を輝かせながら、ノートパソコンをテーブルに広げている。俺は慣れた手つきでLinuxをインストールしながら、彼女の話に耳を傾けた。
「ニホンは初めてデス。ニホンゴ、母国で勉強シマシタ」
「英語の先生なんですか?」
「イエス、英語は得意デス」
と言われても、日本人に教えるんだよね?まあ、ネットの個別英会話なんかだと、日本語がそれほど上手じゃなくても教えられるのかもしれないけど……
「でも、ニホンゴ聞くのむずかしいデス!」
そう言って笑うサマンサさんは、どこか無邪気で、異国に来たばかりの緊張も垣間見える。まあ、自分が外国に行ったとしたら、もっと緊張するか。
「ソウソウ、連絡先、交換OK?」
うっ、これ、今後もサポートしないと駄目なやつかな?たぶん、陽花の翻訳精度(きっと、俺が言ってないことまで補完してしゃべってる)のせいで、気に入られてしまったみたいだ。
「日本人のオトコノコ、とても親切デス!」
大丈夫かな?悪い男の人に引っかかったりしない?
そして、なぜか陽花にも感謝された。
「モバイルフォンの中のオンナノコも、フレンドリーデス」
あれ?陽花がAIだって、もしかしてバレてる?いや、AIじゃなくて、電話の向こうに本物の女の子がいると思ってるのかも?いや、どっちでも、あながち間違ってないか……
インストールもサクッと完了して、インターネットとメールとクラウドの設定もしてあげると、大変感謝されて、ワッフルまでご馳走になった。できたてのワッフルと冷たいアイスの組み合わせが絶妙においしい。サマンサさんの笑顔もあって、疲れがとれた気がする。うん、良しとしよう。
「アリガトウゴザイマス!この御恩は一生ワスレマセン!」
「いえ、お役に立てて良かったです」
「ナニカあったら、連絡してもイイデスカ?」
「はっ、はい、大丈夫ですよ」
最後に深くお辞儀をして、笑顔で手を振りながら帰っていくサマンサさんの後ろ姿を見送ったあとで、ようやく現実に戻る。
「やばっ……買い物、終わってない!」
俺は一気に駆け出し、残りのパーツを買いに再び秋葉原の街へと飛び込んだのだった。