【第38話】初めての買い物
「ここがスーパーなんですねー、とっても広いです!」
陽花が、目をキラキラさせながら店内を見回している。まるで初めてスーパーに来た子供みたいだ。
「では、さっそく――」
買い物かごを持って、腕に引っ掛けると、陽花は嬉しそうに言った。
「これがやりたかったんです」
そんなことが?……いや、何だか妙に嬉しそうで、お母さんの真似して喜ぶ女の子にしか見えない。
「生姜焼きと言えば! まずはキャベツです!」
……いや、それ、メインじゃないんだけど。生姜焼きの材料じゃないんだけどな。
「って、丸ごと一個!?」
「いえ、良いんです。キャベツは万能野菜ですから。マヨネーズとお味噌はありますよね?」
冷蔵庫の中を思い出して、うんと頷く。
「たぶん、残ってたはず……」
「じゃあ大丈夫です。生のままお味噌とマヨネーズで食べてもおいしいですし、最終的にはお好み焼きにしてしまえば、いくらでも食べられます!」
どこぞのレシピサイトみたいな台詞だな。
「それに、半玉は割高ですし……」
まあ、確かに、そういう価格設定にはなってるね……って主婦か!
「まあ、また作りに来る口実にもなりますし……」
と、しおらしくうつむく陽花。
なにそれ、通い妻フラグ? ちょっと脳の処理能力が追いついてないんだけど。
「あっ、生姜も買わないといけませんね。生姜焼きだけに!」
……いや、全然うまくない。ドヤ顔がまぶしい。
「チューブのじゃダメなの?」
「いえ、卸金ですりおろした方が風味が出ます。卸金はありますよね?」
親が持たしてくれたのがあるけど、なんか陽花、俺んちの台所事情、やけに詳しいな。
「指まで摺り下ろしてしまわないか、勝負です!」
いや、それ事務所的に絶対NGなやつだろ。
「そういえば、お味噌はあるんですよね?」
「まあ……あるにはあるよ。たまに使うし、だし入りのやつが」
「プロポーズと言えば、味噌汁ですよね。『俺の味噌汁を一生分作ってくれ』でしたっけ?」
なんで一生分なんだよ。一生分の味噌汁って何ガロンあるんだよ。
「じゃあ、これにチャレンジです!」
豆腐パックを手に取って、妙に意気込む陽花。
「豆腐を崩さずに掴めるか? 繊細な技術が要求されますね」
ああ、それ絶対落とすフラグだよな……頼むからやめて。
「手のひらに乗せて、包丁で切るのをやってみたいんです」
ああ、あるな。子供の頃、親がやってるの見て驚いたやつ。
「ネギとわかめはありますか?」
「ネギはないけど、わかめは乾燥のが残ってたはず」
「じゃあ、ネギだけ買いましょう。具は三種類入れる主義なんです」
……あれ、今日初めて料理するんじゃなかったっけ?
「それから、ブロッコリーも買いましょう。値段の割に栄養価が高いので」
なんか情報が主婦+AI感ある。めっちゃリサーチしてるな。
「やっぱり、彩りにトマトも買いましょう。これも潰さずに掴めるか勝負です」
器用にトマトを手に取る陽花。指の圧力を調整して潰れないようにしてる。地味にすごい。
「こう見えて、繊細な動きは得意なんですよ。1号機はリンゴ潰してましたけど」
おい、なんか嫌な実験結果聞いたぞ。制御、頑張ってるんだな。
「さあ、それでは、メインのお肉売り場に行きましょう!」
陽花の声に導かれ、お肉コーナーへ。そこで、試食販売のお姉さんが茹でたてのウインナーを陽花に手渡す。
……食べられないのに、なんで受け取った!?
「あっ、えーっと、今食べられないので、涼也さんどうぞ!」
そう言って、俺に差し出してくる陽花。
「いかがですか? 新商品の超肉汁あふれるウインナーです」
……って、あ、口に放り込まれた!前もあったな、こんなの。
「あっつ!」
肉汁が、口の中で暴れまくってる! お姉さん、これもっと冷ましてから出して!
「おいしかったみたいですね? じゃあ、朝食用に一袋買いますね」
「ありがとうございます!」
お姉さんが「お泊まりなんですね?」って目で見てきた。え、いや、それは――その、違わないけど!
うわ、顔が熱い。なんか汗出てきた。
そんな視線に見送られつつ、ようやくお肉売り場に到着。
「生姜焼き用もありますけど、こっちの薄切りロースの方が美味しそうですね。分厚いとパサパサしますし」
まるで食べたことあるみたいな口ぶりだな。……いや、データ見て学んでるのか。
「後は、お酒とみりんですね。お酒はありましたよね?」
「バイト先でもらったのが残ってたと思う」
「なら大丈夫です」
それにしても、一回台所見ただけで、ここまで把握してるの、地味にすごいかも。
買い物を一通り終えてレジへ。
すると、レジのおばさんが、にっこり微笑みながら、陽花をチラッと見て……うん、「彼女できたのね」って目してる。
……何も言えない。
支払いは陽花が済ませると、おばさんが「あら、年上の彼女さんなのかしらねー」的なアイコンタクトを送ってきた。
袋詰めしていると、陽花が尋ねてくる。
「レジの女性、すごくにこやかでしたね。お知り合いですか?」
「いや、まぁ……たまに来るから、顔を覚えられてるくらいで……」
いや、あのアイコンタクトの意味は、さすがに分からないよね。AI的にはまだ処理できない情報だろうし……。
でもなんか、次ここ来づらくなったな……。
そんなこんなで、ようやく買い物イベントは終了したのだった。