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【第37話】初めての待ち合わせ

『今日、お泊りします』


その一言が、スマホ越しに唐突に告げられたのは、夕方、駅へと向かう帰り道の途中だった。


「えっ?今日って……いきなりすぎない?」


不意を突かれて、思わず聞き返してしまう。だって、予定なんて何も聞いてなかったし、部屋も片付けてないし、心の準備も、もちろんできていない。


『そうなんですが、向田さんも時間が取れますし、涼也さんも今日はバイトが休み。つまり、今日が最適です』


妙に冷静な分析を、すまして語るスマホの陽花。


確かに言われてみれば、そうなのかもしれない。でも、せめて前日にでも教えてくれたら心構えくらいは……いや、どうせできてなかったか。


『大丈夫ですよ。お部屋が散らかっていても、お掃除モードでたちまち綺麗にしてみせます』


いや、それもう完全に家電のCMじゃん……って思ってたら、画面の陽花が割烹着姿に変化していた。どこまでノリノリなんだ。


「他には、何モードがあるの?」


軽く聞いてみると、陽花は嬉しそうに頷いた。


『よくぞ聞いてくれました!』


やばい、完全に営業トークのテンションになってる。


『今の涼也さんに一番必要なのは――お料理モード、ですね』


その瞬間、画面の陽花はエプロン姿へと変わった。こっちはこっちで似合ってるけど、気になるのは中身の方だ。


「えっ?料理できるの?」


『もちろんです! 私は家事全般をこなせるよう設計されているんですよ』


それなら安心――と思いきや、すぐに陽花が衝撃の一言を放つ。


『ただし、3号機の私は、プログラムの書き換えによって、料理経験がゼロになっています』


「ゼロって……」


それ、ぶっつけ本番ってことじゃん! 本当に大丈夫なのか?


『ですが、筐体は調理器具の操作に適した構造になっていますので、おそらく大丈夫かと……』


“おそらく”って、完全に実験台じゃないか。


『ということで、買い物をして行きたいので、駅で待ち合わせしましょう』


何か、“待ち合わせ”って単語だけ、やたら嬉しそうに言ってなかったか?


まあ、待ち合わせ自体が久しぶりな気もするし、陽花とは初めての待ち合わせか、そういうのも悪くないな――そんな気分で電車に揺られ、最寄駅に降り立った。


◆ ◆ ◆


改札の前で辺りを見渡すと、すぐに陽花の姿が見つかった。


歩き方は自然そのもの。後ろからは向田さんが、まるで母親のように2メートルほどの距離を取って見守っていた。


……どこからどう見ても、普通の女の子と、その保護者。


Suicaをタッチする仕草すら完璧で、誰も彼女をアンドロイドだとは思わないだろう。


「お待たせしましたー!」


無邪気な声が響き、俺の目の前に立つ陽花。うん、改めて見ても、普通の女の子にしか見えない。


「こんにちは、涼也さん。お待たせしました」


後ろから向田さんも挨拶してくる。


「いえ、今来たところです」


なんだか定番すぎる会話だけど、それが逆にちょっと新鮮だ。


「さっそくですが、今日の説明をさせてください」


と、向田さんが少し声を改める。


「本日は、夜間学習時における本部との通信テストが主目的となりますので、なるべく日中は色々なことを体験させてあげてください」


「なるほど……じゃあ、なるべく普段やってないことのほうが良いってことですね?」


「はい。会話だけでなく、体を使った行動が重要です。初体験の動作が多いほど、学習効率が上がります」


どこか実験的な響きも感じつつ、俺は頷いた。


「今日は一緒に買い物に行って、夕飯を作る予定です」


「それは素晴らしい選択です。調理は繊細な作業が多いので、認知フィードバックの観点からも非常に有効です」


そんなに大げさな話だったのか、料理って。


「それでは、私はこれで戻らなければなりません。陽花さんのこと、お願いできますか?」


「もちろん、大丈夫です」


こうして向田さんは、充電キットなどが一式入ったバッグを渡し、手短に挨拶を済ませて去っていった。


◆ ◆ ◆


「さあ、スーパーに行きましょうか!」


陽花が嬉しそうに俺の腕を引く。


「涼也さんの食べたいもの、何でも作りますよ!」


「じゃあ……豚の生姜焼きで」


「えっ、そんな簡単なもので良いのですか?」


「うん。無性に食べたくなったんだ」


本当は、あまり難しいものを頼んで台所を火の海にされても困る、というのが正直なところだ。


「了解しましたっ! じゃあ、早速お買い物へ!」


そう言って、陽花が勢いよく歩き出す。


「お代は私が持ちますので、好きなだけどうぞ!」


「えっ、お金あるの?」


「はい、会社の経費で処理できます。レシートを忘れずに持ち帰るのが条件ですけどね」


恐るべし、企業の開発部門の力……!もっと高級な料理にすれば良かったかな?


「……あの、手でも繋ぎますか?」


「いや、大丈夫だからっ!」


もうすでに、周囲の視線が痛い。明らかに“美女と冴えない大学生”のカップルに見られてる。これ以上目立ちたくない。


陽花はそんな俺の気持ちなんて露知らず、楽しそうに笑顔を浮かべて俺を見上げてくる。


……なんだろうな、この、現実味のなさ。


アンドロイドと一緒に買い物に行って、これから料理して、そして――今日は泊まる。


頭の中で処理しきれないイベントが次々と押し寄せてきて、俺はただひたすら、現実についていこうとするので精一杯だった。

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