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【第32話】英語とサマースクール

「うーん、分かんないな……」


机に向かい、苦手な長文読解に挑戦していた俺。だが途中で、案の定というか、やっぱりというか、文章の意味が霧のように消えていった。単語は知っているようで知らないし、構文は分かるようで読めない。英語の長文って、なんでこんなに回りくどいんだよ……。


「涼也くん、英語、苦手なんだ」


参考書を眺めていた三千花が、呆れたような声を出す。


「コンピュータって英語たくさん使うんじゃないの?」


「いや、確かにコマンドとかは英語だけど……一般の会話に出てこない単語ばっかりだしさ」


打ち込む命令はpingとかgrepとか、普通の英会話で使うことはない。しかも、端末から出力されるログなんて、分からなければコピペして翻訳サイトに投げればいい。それで十分意味は通じるし、下手に誤訳して変な操作をするよりも安全だ。


「この前統計教えてもらったから、協力はしたいんだけど、単語が分からないと教えても意味ないのよね……」


三千花の指摘はごもっともだった。


英語の試験では、たとえ文章の構造が理解できても、単語が分からなければ意味がない。しかも、同じ単語が試験に出てくるとは限らない。まるでクイズ番組の引っ掛け問題のように、知っているか知らないかだけが命運を分ける。


「三千花だって、全部分かる単語ばっかりじゃないだろ?」


「うーん、でも、8割くらい単語と文法が分かれば、だいたいの意味は推測できるよ」


なるほど、文脈から意味を読み取る、いわゆる読解力ってやつか。小説読む時なんか、知らない単語があっても、話の流れで何となく理解できるアレだ。


「でも、半分くらいしか単語が分からないと、それすら無理なんだよな……」


試験に出ないような難単語ばかり覚えてしまい、肝心の基本単語が抜け落ちている俺。覚えるキャパが残ってないという言い訳が頭をよぎる。


「大丈夫よ、きっと」


どこをどう見てそう思ったのか、三千花が微笑む。


「試験落としても、サマースクールがあるから」


……それは励ましじゃなくて、恐怖の宣告だ。


サマースクール――それは、夏休みの二週間を英語の特別授業に捧げることで、試験の単位を救済してもらえる最後の切り札。だが、夏の楽しみと引き換えにするにはあまりにも重い代償だ。


『大丈夫ですよ』


陽花の声が、スマホ越しに聞こえてくる。


『将来、英語が話せなくても、私が通訳しますから』


いや、それは逆効果だよね? 通訳してもらってる時点で、自力で読解してないってことだし……それってつまり、単位、取れないフラグじゃん?


「夏休みもバイトのシフト入れてるから、食べに来ていいわよ」


と、三千花が言いながら、ポケットから何かを取り出す。


「はい、サービス券」


出てきたのは牛丼屋の割引チケット。


絶対シフトの日に行って「つゆだく」を頼んでやる、と密かに心に誓った。


そういえば、悠二はどうなんだ?


「んー、なんとなく分かるから大丈夫っしょ」


この男は頭の構造が違う。第二外国語にフランス語を選んでる時点で、言語に関してはかなり得意らしい。


「基礎からもう一回やるしかないんじゃない?」


三千花が身も蓋もないことを言ってくる。つまり、それって中学生レベルからのやり直しってことか。天音ちゃんに教えてもらうのが妥当なレベルだな、これ。


「やっぱり陽花に通訳してもらうしかないのか……」


『どんな英語でも通訳しますよ。Deep教授という頼もしい味方がいますから』


Deep教授……つまり、外部翻訳サイトってことか。


確かに、33カ国語ペラペラだし、通訳としては最強。でも、試験中にそれを使うわけにもいかないから、やっぱり根本的な解決にはならない。


「だいたい、英語を試験前だけ勉強して、良い点取ろうって考えるのが間違ってるのよ」


この前統計を教えたばかりの三千花から、まさかの冷たい一言が飛んでくる。


いや、色々忙しかったんだよ。課題にレポートに、リアル陽花の稼働テスト――


「もういい、英語はサマースクール決定で、他の勉強する!」


英語だけは救済があるんだから、もう開き直るしかない。むしろ、ネイティブの先生から直に学べるって考えれば……これはチャンスかもしれない。


「「『やっと分かってくれた』」」


全員から一斉にツッコミが入った。


……えっ、無駄なあがきをしていたのって俺だけ?


「はい、他の教科ならいくらでも教えてあげるわよ」


そう言って、三千花が鞄から数冊のノートを取り出す。


そのページを開くと、そこにはまるで教科書のように整然とした文字と図解が。色分けも完璧、要点も網羅、まさに芸術品レベルのノートだった。


「すみません、お願いします……」


俺は深く頭を下げ、ありがたくその申し出を受けることにした。


こうして、英語からは逃げることになったが、他の科目への希望は繋がった。そして、しとしとと雨の降る、そんな梅雨の一日が静かに過ぎていったのだった。

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