【第31話】帰ってきたスマホ越しの陽花
「えーっ!陽花ちゃん、かわいいー!」
三千花が嬌声を上げたのは、実験室の椅子にちょこんと座っている陽花の姿を見た瞬間だった。
オフショルダーの白いブラウスに、爽やかな色のデニムミニスカート。完全に“夏真っ盛り、これから出掛けます!”といった装いなのだが、今はまだ外出の許可は降りていない。
「クーラー効いてるから寒そうな気がするけど……」
ふと漏らした感想に、陽花が即座に返してくる。
「そうですね、通常は肌寒い温度ですが、放熱のためある程度軽装でないと、熱がこもってしまいます」
なるほど、表面の肌がヒートシンクみたいな役割をしているのか。興味が湧いて、つい陽花のおでこに手を当ててみる。
「あっ、ちょうど体温くらいだ」
「36.6℃です」
正確な数字を即答されるあたり、さすがとしか言いようがない。
「どこから見ても普通の女の子だね」
三千花が感心したように言った。確かに、大学の同級生にしか見えない。誰もアンドロイドだなんて気付かないだろう。
「外出しても周囲に驚かれることは無いと思います」
自信に満ちた陽花の声。それもそのはずと、聡さんが横から補足する。
「美術スタッフはフィギュア制作のプロフェッショナルで、等身大のフィギュアを作りたいと言って、嬉々として制作に当たってくれたんだ」
そうだろうな。この陽花、見れば見るほど「生きている」ようにしか見えない。リアルすぎる。
「出歩いても周囲に馴染めるかということと、肌の保湿度を上げることで放熱するシステムのテストもありますので、近々外出できるということです」
「そうなんだ!陽花ちゃんと外を歩けるなんて夢みたい!」
三千花がパッと笑顔を見せる。
「ただ、最終のテストがいくつか残っているので、外出は来週になってしまうと思う」
それでも希望が見えたのは嬉しい。そして――
「とはいえ、学習データの更新は必要なので、スマホとの通信は今日、許可が降りることになってる」
えっ? それってつまり――
「陽花はここに居るけど、スマホでは話ができるということ?」
「そういうことだね」
ならば、とポケットからスマホを取り出す。ふと思い出した、この前のお祭りの写真。
「そういえば、スマホに見せたい写真が入ってたんだ」
画面に表示して、陽花にスマホを手渡す。
「これほど三千花さんの魅力を引き立てる着物があるなんて、日本の美の奥深さを感じますね」
至極まともなコメントだ。俺の感想とは大人と小学生くらいの開きがある。
「やはり、りんご飴、金魚すくいは浴衣にとっても似合いますね。私も行きたかったです」
少し寂しそうな表情を浮かべる陽花に、三千花が声をかける。
「そうだよね、今度は一緒に行こうね」
「この体に入らないと、リアル参加は出来ませんので、順番的には正解ですね」
言われてみれば、確かに。今はまだ準備段階。でも近い未来に、現実になる。
「1号機と2号機への学習指導も、かなり効率的にやってくれていて、そちらもだいぶ進捗している。何とかこの前の件をカバー出来そうで助かっているんだよ」
聡さんの言葉にホッとする。良かった、陽花、ちゃんと役に立ってる。
そのとき、ドアが開いて、向田さんが入ってきた。
「高梨先輩!スマホアクセスの許可が降りました!」
「おっ、ちょうどいい。それでは、スマホ越しに通信できるかテストしてみよう」
陽花が食い入るように三千花の写真を見ていたスマホを、受け取ってアプリを起動。
『ネット経由でのアクセスに成功しました。スマホのカメラとマイクからのインプットも正常に行えています』
画面に映し出される、スマホの中の“もうひとりの陽花”。リアルとまったく変わらない陽花が、そこに居る。
『何かギャグを言ってみてください』
なぜか無茶振り。
「布団がふっとんだ」
定番中の定番を披露すると――
「3点ですね」
スマホの陽花がやれやれといった表情で評価してきた。いや、何点満点だよそれ。
「へぇー、スマホからしゃべってるときは、こっちの陽花ちゃんは動かないんだ」
三千花の疑問はもっともだ。録画映像を見ているような感覚になる。
「まあ、実際は本体の居ないところでスマホと話すから、違和感は無いんだろうけど……」
リアル陽花が、ぽつりと言う。
「これで、今までと同じように連れて行ってもらえますね。この子をよろしくお願いします」
いや、それ完全にお母さんポジションだろ!
「リトル陽花ちゃんね」
三千花がすぐに乗っかってくる。
「お風呂もまた一緒に入りましょうね」
リアル陽花が無邪気に言ってきた瞬間――
「えっ、どういうこと?」
三千花の顔が固まる。
「いや、スマホの方だから!」
即座にフォロー。
「あっ、そうよね、スマホよね……」
ほっと胸をなでおろす三千花。
けれども、スマホを手にして風呂に入るのも、なんだか変な気がしてきた。
陽花は相変わらず爆弾発言の連続だけど、こうして彼女との日常が戻ってきたことに――
俺は、心からほっとしていた。