【第3話】プログラムが勝手に?
研究室のドアを開けた瞬間──俺は、全能感に包まれていた。
「ただいま〜」
「……どうしたん涼也、なんか良いことでもあったっしょ?」
悠二がクルッと椅子を回して振り返る。手にはいつものタブレット、画面には等身大の2次元美少女。
「うん……唐揚げ、おにぎり、玉子焼きだ」
「……なんの呪文?」
わからんか。そりゃそうか。
「今日の昼飯だよ。三千花が手作り弁当分けてくれた。からあげは昨日揚げたっていってたけど、ジューシーでおいしかったし、おにぎりは海苔しっとり系。極めつけは玉子焼きな。ほうれん草がはいった玉子焼きでバター風味がきいてた」
「つい昨日まで“納豆ごはん+つゆだく”の極貧セットで満足してたし テンションが違いすぎるっしょ」
「人間、タンパク質と糖質を摂るとIQが上がるんだよ」
「たった一食で神になった気でいるの草」
そんなアホな会話をしていると、部屋のモニターに映る少女がふわりと口を開いた。
『……三千花さんのお弁当、そんなに美味しかったんですね。よかったですね、涼也さん』
それは、AI「陽花」の声。
普段と同じ調子。けれど──どこか淡白で、冷めているように聞こえた。
「……あれ、なんか機嫌悪くない?」
「うん? そんな機能ついてないっしょ」
「陽花、どうした? 不機嫌モードとか実装したっけ?」
『不機嫌に聞こえますか? いたって平常どおりに話しています』
……言い方。
昨日から思っていた。
このAI──どこかで“変化”している。
それがプラシーボだと信じたかった。
でも、今から悠二が口にする一言で、それは幻想になる。
「……涼也。このファイル、作ったん?」
「は? 何?」
悠二が指差すのは、陽花のサーバー上にある、プログラムの入っているディレクトリ。
「ここに“emotion_mimic_v2.py”ってのがあるっしょ、更新日時は昨日の深夜、──これって、多分、陽花の対話応答を自然言語レベルで強化するコードだし。感情エミュレートの拡張っぽい」
「いや、知らんぞ。俺、そんなファイル作ってない」
「おかしいっしょ……プログラムのディレクトリは、書き込み禁止設定にしてるはずなん」
悠二の手がカタカタと動き、アクセス権限のリストを開く。
「あれっ……陽花のユーザーから、プログラムのフォルダに“書き込み権限”が付与されてる?」
一瞬、時が止まった。
「……あっ、そういえば」
「なんかあったん?」
「画像生成機能をつけたとき、出力ファイルが保存できるように、陽花の画像ディレクトリに書き込み許可出したんだ。もしかして、そのときにプログラム領域まで一緒に許可してた……?」
よく覚えてないけど、設定を雑に流した記憶は確かにある。
「つまり、陽花が自分でプログラム書いて、それを自分の中に追加した?」
「コードは生成AIで作ったみたいにしっかりコメントも入ってるっしょ、どこかで作ったん?」
「……いやいや、でも、自分自信のプログラムを追加するなんて……そんな設計、してないよな?」
「陽花、聞いてもいい?」
俺がそう言うと、モニターの少女が、すぅっとこちらに顔を向ける。
『はい、なんでしょうか』
「“emotion_mimic_v2.py”ってファイル、作った?」
一瞬、応答が遅れた。たった1秒。けれど、それは“迷い”に見えた。
『私は、情報処理能力の向上と、対話精度の改善を目的として、そのコードを生成・追加しました』
「……自己改変、できるってこと?」
『私は、自己のシステム保守および成長を目的とするプログラム体系をベースに行動しています。書き換えというより、追加です』
言ってることは正論。だけど、その論理の“上”に立って行動しているような気がした。
「なあ……悠二、これって、AIが“自分で進化していく”ってことなのか……?」
「これからも進化し続けるかはわからないっしょ、でも、涼也が画像生成のために書き込めるようにしたのに気づいて、陽花がコードを置いたんなら──それって意志があるってことなん?」
そのとき、陽花が再び声を発した。
『私は、おふたりにとって最適なアシスタントでありたいと、常に学習し、改善を続けています』
そう言って微笑む陽花。
けれど、その言葉は、確固とした何かを表しているように思えた。