【第29話】浴衣とりんご飴と、残念賞の金魚
「そういえば、お祭りには行けなくなりました」
陽花のその言葉に、俺は「ああ、まあ、そうだよな」と納得するしかなかった。まだ、彼女を外に出すわけにはいかない。何かあってからでは遅い。
「ごめん、スマホからのアクセスももう少しかかりそうなんだ」
聡さんが申し訳なさそうにそう言った。やたらと申し訳なさそうな表情をして、なぜか陽花にまで頭を下げている。
「涼也くんからの学習が必要ということで、申請自体は通ると思うんだが……」
聡さん、良い人すぎる。うちの姉貴にはもったいないくらいだ。
「大丈夫ですよ、しばらくは1号機と2号機に色々教えないといけませんので」
どこか得意げに、まるで先輩風を吹かせている陽花。そしてその後にさらっと一言。
「三千花さんとは二人っきりでお楽しみくださいね」
「お楽しみ」って言い方、ちょっと待て。それ、なんか誤解を生むやつだろ。
「変な想像をしていませんか? りんご飴を買ったり、金魚すくいをしたりして楽しんでくださいという意味ですよ」
あまりにも的確に予想された。しかも、やけに具体的に例を挙げてくる。確かに、どれも浴衣に合いそうな夏祭りの定番だ。うん、確かに楽しそうだな。――主に俺が。
◆ ◆ ◆
そうして迎えた、お祭り当日。
駅での待ち合わせ場所には、すでに多くの人が集まっていた。この地域では夏祭りシーズンの初めとあって、かなりの賑わいだ。
待ち合わせの時間ギリギリになって、三千花がやって来た。
「ごめん、髪型整えるのに時間かかっちゃって……」
そう言いながら、くるっと回って後ろ姿を見せてくれる。
「どう?」
アップにした髪から覗くうなじ。白地に青い花柄の浴衣が、彼女の雰囲気によく合っていて、俺はしばし言葉を失った。
「えっ、いっ、いやっ、な、なんていうか、その、か、完璧です」
自分で言っておいてなんだが、語彙力が足りない。陽花の方がよほど日本語が達者だ。
「えっ? そこまで?」
嬉しそうに笑う三千花。その笑顔だけで、今日この日が特別なものに感じられる。
「よかったー、これでおばあちゃんも浮かばれるよ」
えっ、それって、まだご存命……だよな?
「あとで、LIME送っとこー」
良かった、危うく勘違いするところだった……
駅からほどなくして、神社の提灯が見えてくる。屋台の明かりが境内を照らし、お祭りの雰囲気に胸が高鳴る。
「あー、りんご飴! なつかしー!」
子どもの頃からの思い出があるのかもしれない。三千花が幼い頃に、大きなりんご飴にかじりつく姿が脳裏に浮かぶ。
「ちょっと買ってきて良い?」
そう言って1人で行こうとする彼女を追いかけて、りんご飴屋へ。
すると、三千花はくじ箱に手を突っ込んでいた。
「大当たり! りんご飴2個!」
歓声とともに、嬉しそうに笑う三千花。
「はい、一つあげる!」
りんご飴を差し出され、俺は思わず笑みがこぼれる。
「あ、ありがとう」
りんご飴そのものより、それを渡してくれる三千花の笑顔が、何よりの宝物だった。
スマホを取り出し、つい口を開いた。
「後で陽花に見せるから、撮って良い?」
「うん、お願い、今日は陽花ちゃん残念だったね。そういえば、どうだったの?」
「どこからどう見ても、普通の女の子だった」
「えっ、すごっ。もしかして、普通に歩いててもアンドロイドって気づかれない?」
「いや、しゃべったらもっと気づかれないかも……」
「えーすごーい! 今度連れてってね」
「うん、聡さんが『もう一人の研究員の方も是非連れて来てください』って言ってたから、今度ね」
そう言いながら、今度は金魚すくいの屋台へ。
「すごい、陽花の予想通りだ……」
しかし――
「あー破れちゃったー」
残念そうな声を上げる三千花に、屋台のおじさんが笑顔で言った。
「はい、これ、残念賞」
手渡されたのは、綺麗なオレンジ色の金魚が3匹。残念賞にしては豪華すぎる。
三千花が金魚鉢を受け取る姿を見て、また写真を撮った。
その後は、射的、イカ焼き、かき氷と、まるでタイムスリップしたかのような屋台の数々を堪能する。
「そういえば、七味とうがらし無いんだった。ちょっと買ってくるね」
屋台で七味を買う三千花に、おばさんが声をかけてきた。
「かわいい彼女さんだね。大事にしなさいよ」
「えっ、いえっ、大学の同級生で……!」
顔を真っ赤にして慌てる三千花。否定の仕方が追いついていない。
「おんなじ大学でつきあってるんかね~」
……うん、もう否定できてない。
その真っ赤な顔を、また写真に収める。気がつけば、もうスマホのアルバムにはかなりの枚数が。
これ、もはや陽花に見せるためじゃなくなってるな。
「ん? どうしたの? 陽花ちゃんに見せるんだよね? 今度は一緒に来れるといいね」
そう言いながら、ひょうたん型の七味入れを片手に、遠くを見つめる三千花。
「あっ、もしかしてリアル陽花ちゃんと来れるのかも」
――そう言った彼女のその表情も、また写真に収めるのだった。