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【第28話】陽花夏服モード解禁

「関節を動かしてみます」


陽花がそう言った瞬間――彼女の指が、逆方向に、ぐにゃりと曲がった。


「うおっ! えっ、壊れた?」


驚きと同時に冷や汗が噴き出す。まさか、起動テスト初日で破損……? 俺の脳裏に、修理費という二文字が赤く点滅する。


しかし、聡さんは苦笑交じりに首を振った。


「大丈夫、突き指みたいになっても壊れないように、人間よりも可動域を広く設計してあるんだよ」


ほっ……助かった。いやほんと、壊れたとかだったら、俺の人生詰むレベルでやばかった。だって、アンドロイドだよ? こんなの、弁償できるわけがない。


それにしても、指が逆に曲がる映像は反射的に「痛い!」って思っちゃうよな……。目の前で人間みたいな見た目の手が、あんな風になると、直感が先に反応する。


「可動域の確認のため、あえて曲げてみました」


……おい、確信犯か。完全にひっかかった。陽花、ちょっと性格悪くない?


その後も、陽花は肘や肩、足首など、各関節を少しずつ動かして確認をしているようだった。


「これでほとんどの関節の動きは分かりました。それでは、起き上がります」


そう言うと、まるで何の違和感もなく――いや、それ以上に滑らかに――陽花の上半身が起き上がった。


「おはようございます。今日も一日頑張りましょう」


……すごい。まるでラジオ体操でも始めそうな挨拶だ。でも、それが自然で、どこから見ても“人間”だった。言われなきゃアンドロイドとは絶対に思わない。


「何か踊りましょうか?」


突然の提案に、聡さんが一瞬固まる。


「いや、ちょっとそれは……」


「ふふっ、大丈夫ですよ。さすがに、しばらく動いていなかったようですので、いきなり激しい動きはさせません」


つまり、冗談ってことか。


「え? からかわれた? のか……?」


こらこら、聡さんをあんまり困らせるんじゃない。


「もしかして、言葉と行動が別々の思考で動いている? そんなこと、可能……なのか?」


言動が一致しないという、人間なら当たり前の思考だが、この辺は悠二が上手く作ってくれてる。


「ハードウェアの制御は別スレッドで動かしているんです。いざというとき、本体側の思考からプロセスを終了させることもできるようにしています」


いつになく、真面目モードの悠二のフォローが入る。


「なるほど、本体側で暴走を制御できるようになっているわけか」


「いえ、陽花のプログラムには安全装置は入れていません。その代わり、攻撃性の全く無い人格をモデルに学習させてありますので、陽花自身の思考が安全装置のような役割を果たしています」


……あれ? 攻撃性の無い人格って……まさか……。


「なるほど、涼也くんの人格をモデルに……それは確かにこれ以上無い安全装置だ」


ちょ、聡さん!? 何をそんなに納得してるんですか!? まあ確かに、姉貴の横暴をやり過ごしているところは、度々目撃されてますけど……。


「とりあえず、着替えても良いですか?」


と、陽花が当然のように言い出す。


「あっ、そうでした。今、着替えを持ってきます」


向田さんが慌てて控室へと走る。そうか、今の陽花、ピチッとしたアンドロイド用のスーツだもんな。……着替えたくもなるか。


「この、レオタードみたいな衣装、恥ずかしくって……」


そこは恥じらうんだ!? 逆にその反応にびっくりする。というか、あの姿で大人たちに囲まれてる構図って、俺たちの方が恥ずかしいまである。


「お待たせしました。こちら、イメージに合いそうな服を持ってきました」


向田さん、ちゃんと陽花のリクエストに応えてくれたんだ。

ドジっ子かと思ったけど、なんてやさしい人なんだ。


「ありがとうございます! 芽以さん。更衣室はどこですか?」


「そっ、そうですよね。女の子が着替えるんだから、ここじゃまずいですよね。女子更衣室まで案内します!」


おいおい、普通に連れ出していいの!? それに、そこって社員用の更衣室だよな……大丈夫か? この人。


「いや、いきなり部屋の外に連れ出すのは、許可が降りないと思うので、我々が外に出よう」


さすが聡さん、理性的で判断が早い。俺たちは一度部屋の外に出ることになった。


――が。


「涼也さんは残っても大丈夫ですよ」


……なんで俺だけ!? 男として見られてない!? 残るなら向田さんでしょ。

って思ったけど、こないだのがトラウマになってる可能性はあるから、二人っきりはダメかな。


「冗談ですよ。着替え終わったら呼びますので、外で待っていてください」


完全に遊ばれてるな、俺。まあいいけど……。


廊下で待っていると、聡さんが言った。


「すごい。どこからどう見ても、人間と区別がつかない。言動、表情、仕草、どれをとっても完璧だ」


「スタッフの1人ですって言っても、誰も疑わないレベルです」


たしかに、あの外見と自然さなら、守衛さんに「お疲れ様でーす」とか言って、普通に通れちゃいそうな感じだ。

筐体技術、ほんと完璧だな……。


「着替え終わりましたー、どうぞー」


ドアの向こうから、脳天気な陽花の声が聞こえてきた。


……この緊張感のなさ、アンドロイドの起動テストってことを忘れそうになるけど、これって結構すごいことしてるんじゃない。


部屋に入った瞬間――思わず、言葉を失った。


「えっ、うそっ……」


そこに立っていたのは、まさに俺の“理想”そのものの姿。陽花が、夏服姿で、リアルに、そこにいた。


「どうですか? 涼也さん?」


それは、女の子がおしゃれしてきたときに言うアレだ。感想を求められてるんだ。わかってるけど、陽花だとわかってても、言葉が詰まる。


「ええっと、似合ってると……思う……」


「セリフはいまいちですが、戸惑いながら言うところは良かったです。合格にしておきましょう」


……なんか、上から目線で採点されてるし。でも、なぜか悪い気がしない。


完全にあしらわれながらも、俺は陽花の存在が現実になったことを実感していた。

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