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【第275話】穂乃花ちゃんの引っ越し

『卒業しました!』


 穂乃花ちゃんから元気なメッセージと、写真が届いた。


『これで見納めですよ! 永久保存してください!』


 正門の前で撮られたセーラー服の写真だ。


 風になびく朱色のリボンと紺の制服のコントラスト、卒業証書の筒と一輪のブーケを持っていなかったら卒業式だと気づかないくらい元気な笑顔だ。


 隣の桜さんも晴れやかな笑顔で、親子だな―と思ってしまう。


 まあ、保存しろって言われたから、保存しとくか。


 大義名分を得て、写真をダウンロードしていると……


「穂乃花から卒業したって連絡があったわよ」


 三千花に声を掛けられた。


「えっ、ああ、こっちにも連絡あったよ」


 急いで、三千花の方を向く。


「どうしたの? そんなに慌てて」


「い、いや、急に話しかけられたから、びっくりして……」


 何とか誤魔化そうとするが……


 ブルブルっと、スマホに続けてメッセージが届いた。


『綾姉のもあるよ!』


 見ると、綾花ちゃんの卒業式の写真も送られてきた。


 ちょっと長めのチェックのスカートのブレザーの制服。

 メガネも相まって、真面目そうな印象だ。


 推薦のときは、あと一歩というところで、学力テストの良かった子に決まっちゃったらしいけど、結局一般で受けて、最後の小論文と面接で合格したんだよな。


 ああ、これも見納めなのか……と、感傷に浸っていると、ふと視線に気付いた。


「じーっ」


 しまった、三千花に見られてた。


「なんで、私のところには1枚しか送ってこないのに……」


 そうだよね、なんで俺のところばっかり送ってくるんだろう。


『ちょっと古いけど、三花姉のもあるよ』


 といって、三千花の卒業のときの写真も送られてきた。


 一見すると、綾花ちゃんと似たブレザーの制服だけど、スカートが若干短いのと、メガネをかけてないので、三千花だと分かる。


 前髪ぱっつんだけど、黒髪が綺麗だ。


 これも永久保存だな……なんて思ってると、


「古い……ですって?」


 静かに怒りをたたえる三千花がいた。


『明日、そっちに引っ越すね』


 と、脳天気なメッセージを送ってくる穂乃花ちゃん。


 卒業式翌日に引っ越してくるとは、余程東京に来たかったんだな……


 だが――


 そこには、修羅となった姉が待っているのだった。


* * *


「おお、涼也くん、久しぶりだね」


「は、はい、お久しぶりです。お仕事休めたんですね」


「むしろ、今日だけしか休めなかったんだ」


 三千花のお父さんが車で来てくれた。

 なるほど、今日引っ越しなのは、お父さん都合もあるのか。


 ワンボックスカーの後ろには、こじんまりとした荷物が……

 分解した机はあるけど、段ボールが1,2,3……こんなに荷物少ないの!?


「いやー、穂乃花を東京に行かせるのは心配だったんだけど、涼也くんが一緒に住んでくれるって言うから安心だよ、娘をよろしく」


「私は心配じゃなかったのね……」


 三千花がぼそっと呟く。


「えっ、いや、三千花のときもすごく心配したんだよ……どうした三千花、もしかして今頃反抗期!?」


 ただ、機嫌が悪いだけです。


「やっほー、お兄さん、今日からよろしくね」


「よ、よろしく」


 えっ、何そのハイテンション……三千花が怒ってるの気づいてないの?


「ほーのーかー」


「えっ、三花姉どうしたの!? まだ、なんにもやってないけど!」


 うろたえる穂乃花ちゃん……「まだ」って、これから何かやるつもりだったの?


「ほら、昨日、三千花の写真を『古い』って書いてたから」


 小声で怒ってる理由を教えてあげる。


「うげっ、あれ見てたんだ!」


 そう言うなり、


「三十六計逃げるが勝ち……」


 ――逃走した。


「ちょっと、穂乃花! 待ちなさい!」


 どうやら、また賑やかになりそうだ。


* * *


「正しくは、三十六計逃げるに如かずですよ」


 陽花が訂正してくる。


「いや、そういうのいらないから」


「ガーン、それでは私の存在意義が……」


 どうやらアイデンティティに関わるらしい。


「南斉書でしょ、ダメよ陽花ちゃんにそんなこと言ったら」


 久々に妹と追いかけっこをして、スッキリしたらしい三千花が喰い付いてきた。

 やっぱり、歴史ネタは外せないらしい……


「三千花さん、ありがとうございます!」


 やっぱり、この二人仲いいな。まるで前世からのソウルフレンドみたいだ。

 陽花に前世があるかは知らないけど……


 まあ、人間だって、本当に前世があるのか誰も知らないんだから、一緒か……


「穂乃花ちゃん、組み立て終わったよ!」


「ホント! ありがとう夕花ちゃん!」


 机を組み立ててた夕花が戻ってきた。

 こっちも仲いいんだよな……


 となると俺は……まさか、麗香さん!?


 いやだ、そんなの……


「涼也くん、陽花さんを長い間借りてしまって、申し訳なかったね。でも、おかげで綾花も無事に合格できたよ」


「いえいえ、陽花で良かったら、いつでも言ってください」


「本当かい? それならまた今度……」


「ちょっと、お父さん! もう陽花ちゃんは貸さないからね、本当はこっちに戻ってきたくて仕方なかったんだから」


「そ、それは……すまん、仕事に明け暮れてしまって」


「まあ、今回はしょうがないと思うけど、これ以上はもうダメよ」


「三千花さん……ありがとうございます……グスッ」


 いや、涙は出ないだろ……完全にウソ泣きだな……


 それにしても、三千花は陽花に甘すぎる。

 お父さんにはこんなに厳しいのに――


「涼也くん、一緒にラーメン食べに行こうか……息子とラーメンを食べに行くのが夢だったんだ」


「もう、お父さん、勝手に行動しないで! 引っ越しだからお蕎麦にするのよ」


「もしかして、あの手打ち蕎麦?」


 あのっていうのは、娘たちが踏んだ蕎麦のことかな。

 でも今回蕎麦踏みをしてたのは、夕花だと思うけど。


「今日は夕花ちゃんが踏んでくれたのよ、せっかく作ってくれたんだから、ちゃんと食べて」


 まあ、同じ麺だから良いんじゃないかな……

 ラーメンも捨てがたかったけど。


「どうだ? 片付いたか?」


 と、そこへ、麗香さんがやってきた。


「え、えーっとこちらの方は?」


 あー、麗香さんが居ること忘れてた。


「こちらは、陽花と夕花のボディメイクを担当した造形師の麗香さん……こちらは三千花のお父さんです」


「ああ、陽花さんから有名な造形師の方だと聞いています。こんなに美しい方だったんですね、お会いできて光栄です」


 まさか、このグルグル眼鏡の奥の顔が分かるのか? すごいな、三千花のお父さん。


「あ、いや……いえ、こちらこそ、お会いできて嬉しいです」


 案外普通のしゃべり方できるんだな麗香さん……ちょっと意外だ。


 それにしても知り合いのお父さんに会えて嬉しいとか、絶対社交辞令だよな。

 もっと自由人なのかと思ったら、こういうときは普通に社会人なんだなと思ってしまう。


「麗香さんですか? 三千花の妹の穂乃花です。よろしくお願いします」


 あっ、穂乃花ちゃん紹介するのも忘れてた。


「おおっ! これはまたすごい美少女だな! これは是非作品にしなくては!」


「ちょっと麗香さん、何言ってるんですか! 素が出ちゃってますよ!」


 豹変した麗香さんを(なだ)めるが、本人は気づいて無かったらしい。


 穂乃花ちゃんはびっくりしてたけど、美少女と言われたので悪い気はしなかったみたいだ。

 結局、お詫びと引っ越し祝いと称して、今度フィギュアを造ってくれることになった。


 しかし、自分のフィギュアが造られるって、どういう気持ちなんだろう。

 穂乃花ちゃんは、まんざらでもない様子だけど、ちょっと分からないな……


 何はともあれ――


 穂乃花ちゃんが、引っ越してきたのだった。

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