【第27話】リアル陽花たん、起動!
「良いよ、やっても」
その返事は、あまりにもあっさりしていた。
「……え、マジで?」
拍子抜けする俺をよそに、悠二はにやりと笑った。
「リアル陽花たん、見てみたいん」
そっちかよ!心配して損した!
「私も良いと思う。こんな話ってあるの?って思ったし」
三千花もにっこりと笑って賛成の意を示す。
「卒業研究は、最初のプログラムを提出すれば何とかなるっしょ」
実際、その通りだ。陽花をアンドロイドにしてしまうと、大学の卒業研究としては扱いにくくなる。あまりにも進化しすぎていたのだ。
「最初のプログラムからもう一度学習させても、陽花と同じにはならないけど、卒業研究としては十分な成果になると思うよ」
珍しくシリアスモードの悠二。彼は続けて言った。
「これは涼也が引き当てたチャンスだと思う」
俺はただ流されてるだけのつもりだったが、彼には違う景色が見えていたらしい。
「プログラマーって、何かきっかけがないと、本気で物を作れないもんなんだよね」
「涼也に言われると、なんか実現できそうな気がして、これは協力せざるを得なかったんよ」
そんな風に言われると、少しだけくすぐったい。
「私も、涼也くんって、たぶん何万分の一の確率を引き当てる人なんじゃないかって思ってるの」
三千花も微笑む。「周りに流されてるときの涼也くんって、全部を引き寄せてるのよ、きっと」
なんか褒めらてる?……のか?。
まあ、本当にそうだとすると、周りのみんなに感謝するしかないけど……
「じゃあ、陽花はそのアンドロイド3号機に載せるということで、聡さんに話してみるよ」
『みなさま、アンドロイドになっても陽花を末永くよろしくお願いします!』
まるで研究室を卒業するかのような、陽花の元気な挨拶が響いた。
◆ ◆ ◆
神栄グループの実験室に到着すると、いよいよ移植作業の開始だ。
陽花のプログラムと学習データを入れたSSDを手に、俺と悠二は3号機の元へ。
「OSはLinuxなんですね」
聡さんから仕様を受け取って確認する。
「うん、商用OSは制約が多くて自由にカスタマイズできないのでLinuxを使っている」
それなら、研究室と同じだ。ただ、カメラとマイクは2つずつあるので、調整が必要だ。
「すごい、手際だね」
研究室でも、何回も拡張を繰り返してたので、もはや設定ファイルをいじるのもルーチンワークだ……
必要なライブラリを組み込み、設定ファイルを書き換え、いよいよ起動準備が整った。
「よし、テスト起動行きます」
慎重に声をかけながら、3号機を起動。すると――
「カメラのピントが合いません。ピント調整の仕様を見せてください」
しっかりと陽花の声だった。
慌てて仕様書をかざすと、「もう少し離してください」と落ち着いた対応。そして――
「今、調整用のプログラムを作ります」
聡さんの目が見開かれる。
「勝手に……プログラムを生成するの?」
「インターネットに繋がっているので、生成AIのC先輩に依頼してもよろしいでしょうか?」
陽花が聡さんに声をかけるも、
「AIが別の生成AIにプログラム作成を頼むって、そんなこと……いや、出来ないことは無いか……」
とシステムエンジニアモードに入ってしまった。
「聡さん、そこは指示出しをお願いします」
「あっ、そうだった。ハードウェア制御のプログラムだったら、汎用的なので問題ないと思う。頼んだ、陽花くん」
「承知しました」
そして陽花は、ピント調整用のプログラムを生成し、同時に眼球制御のモジュールまで組み上げていった。
「体の制御プログラムも作成します。仕様書を1ページずつ見せてください」
ここからが地獄だった。
1,000ページにも及ぶ仕様書を読み取らせるため、俺はひたすらページをめくり続ける。腕が、肩が、限界だ。
「涼也さん、ありがとうございます。これで仕様の読み取りは完了です」
……ついに終わった。俺は椅子に倒れこむ。
「こんな短時間で……通常なら1週間はかかる作業だぞ……」
聡さんがぽつりと呟いた。
その言葉に、俺もようやく実感が湧いてくる。
確かに、俺たちは“やってのけた”のかもしれない。
「よく考えたら、仕様書をPDFで頂けば良かったです」
えーっ!俺の苦労って何だったの!
「すみません、カメラ制御のときはテストも兼ねていたので、ついその流れで……」
やり遂げた感が、一気に徒労感に変わった。
とりあえず、陽花がプログラムを組み上げるまで、水を飲んで、一息つくのだった。