【第26話】陽花、参戦!
「端的に言うと、脱走をしようとしました」
向田さんの一言がリビングに響いた。
まさか、そんな話が飛び出してくるとは思ってもみなかった。というか、「脱走」って、どこの刑務所の話だ。いや、アンドロイドか。だったらますますシャレにならない。
向田さんの説明によれば、彼女は夜勤中、充電状態のアンドロイド1号機を監視していたという。通常、夜間のアンドロイドはネット巡回による情報学習を行うだけで、筐体は一切動かないそうだ。
「ですが、急に、手招きをされたんです」
その不穏な一言に、俺も姉も思わず息を呑んだ。
手招きされるとか、ホラーすぎるだろ。
不審に思って1号機の部屋に入ると、ドアのカードキーを奪おうと暴れ出したとのこと。どうやら、ネットで「アンドロイドが自由を求めて脱走する」というストーリーを学習していたらしく、偶然にもシチュエーションが合致したことで、学習通りに行動してしまったのでは……という仮説だった。
「それで、高梨先輩を呼んだんです。このプロジェクトのリーダーである高梨先輩の指示は、最優先で処理されるよう設計されているので……」
結果的に、聡さんが現場に駆けつけて収拾をつけたものの、AIの学習データの初期化や再学習対策のために朝までかかってしまったそうだ。
「そんな話、信じられないわ」姉の言葉は、至極当然だった。
だが、ここで今日の秘書役が口を開く。
『インターネットと現実の区別がつかなくなってしまったのですね。私は涼也さんや悠二さんと話す現実世界と、ネットの情報を区別するようにプログラムされています』
陽花の落ち着いた声に、姉は驚きとともに納得の色を浮かべた。
「えっ、じゃあ……本当にあり得る話なの?」
姉がにわかに信じ始める。まあ、AI自身がAIについてしゃべるんだから信ぴょう性あるかも……
『はい。ですが私は、涼也さんの知識が間違っていたら聞き返すか、ツッコミを入れるかします』
そうだね、そういう反応だったと思うよ。
「すごいAIですね。大学では何人のチームで作られているんですか?」
向田さんの問いに、俺は少し照れながら答えた。
「研究自体は最初2人で始めて……今は、協力者が1人増えて3人です」
それを聞いた瞬間、聡さんと向田さんは硬直した。
「そんな……たったの3人で、これほどのAIを……!?」
どうやら彼女たちが関わるプロジェクトには、ドイツ、フィンランド、韓国、台湾、インドと、世界各国の天才が集められているらしい。それでも、AI部分ではうまくいっていないようだった。
「筐体の技術は完璧なんですが……AIがまだ……」
さすがの聡さんも、苦渋の表情を浮かべていた。
その時だった。
「ここに、解決してくれる子が居るじゃないの」
姉が、まっすぐこちらを見た。
「え、俺?」
と思ったのも束の間、みんなの視線がスマホに集まった。
「もしかして、私ですか?」
次の瞬間、スマホの画面がパッと切り替わった。
そこには、夏っぽい白いワンピースを着た陽花が、爽やかな笑顔で立っていた。
「こんな見た目になれるなら、考えないでもないですが……」
まさかの上から口調。
「本当に? 陽花さんを貸していただけるんですか?」
食い気味に聡さんが乗ってきた。
いやいや、悠二の許可とかいるだろ。ていうか、AI本人がOKならいいのか? なんかもうよくわからん。
「現在、1号機、予備の2号機、それからバックアップ復元用の3号機があります。3号機の見た目は最大限、陽花さんに寄せますので、どうかお願いします!」
向田さんが、まるで命乞いのような勢いで懇願してきた。
「待ってください、共同で研究している友人にも説明しないと……」
「ぜひ、お願いするよ……もしかすると、これで海外支社に飛ばされずに済むかもしれない……」
小声で呟く聡さん。やっぱり責任問題だったのか。
『涼也さん、私のリアル夏服バージョンが見られるかもしれませんよ!』
いや、ノリノリかよ。
『大丈夫です。ネットの情報は話半分で見てますから』
おい、ネットから学習してるくせに信じてないって、どんなAIだよ。さすが悠二、考えることがぶっ飛んでる。
こうして、俺の心配をよそに、ノリノリでプロジェクト参加を希望する陽花なのであった──。