【第25話】後輩襲来と、アイスコーヒー
《今日、うちに来て》
朝から一撃必殺のような一文を送りつけてくるのは、世界に一人しかいない――姉貴である。
《なぜ?》と至極まっとうな返信を返すと、即座に返ってきたのは、
《例の女がうちに来るのよ》
(……誰だよ。って、あー……分かってしまう自分が悔しい)
《何時頃行けばいいの?》
《18時までに来れる?》
《うん、大丈夫、30分前には行くよ》
バイトには一応間に合う。念のため店長に「少し遅れるかも」と連絡を入れるが――
(あ、吾郎くんのシフトの日か。じゃあ大丈夫だ)
吾郎くんは頼れる2歳年下の後輩。体育会系で力持ち、接客もそつなくこなす万能バイト。正直、自分より使える。
(……うちのバイト陣、ポテンシャル高すぎないか?)
そんなことを考えつつ、大学の授業に向かう。今日は専門科目のオンパレード。頭が煮えそうになる一日だった。
◆ ◆ ◆
授業が終わって、姉貴の家――もとい、聡さんと姉貴の家へ向かう。
(さすがに疲れたな……)
電車の中、思わずあくびをすると、スマホの画面に文字が表示される。
《大丈夫です。駅が近くなったら起こしますよ》
陽花だ。最近こういう場所でよく使う、文字で会話できるこの機能、地味に便利すぎる。
(……寝落ちしそう。頼んだぞ、陽花)
◆ ◆ ◆
「ブルルルルッ!」
突如震えるスマホに驚きつつ画面を見ると、《次の駅ですよ》と陽花からのメッセージ。
(……なんて有能なんだ)
もう陽花のいない生活には戻れない気がする。
電車を降りて徒歩5分。マンションの玄関ホールに到着した。
部屋番号を押して、姉貴を呼び出す。
『待ってたわ、今開けるわね』
と遠隔で入り口の鍵を開けてくれる。エレベータで最上階にある姉貴の家へ。
インターホンを押そうと思ったら、急にドアが開いてびっくりした。
「ありがとう来てくれて! 助かるわ」
姉貴にリビングへ案内されるが、いつ来ても広い。2人で住むには広すぎる気すらする。
「のどが渇いたでしょう? 何か飲む?」
台所で用意されたのは、氷なしのアイスコーヒー。
「はい、冷蔵庫で冷えてるから」
……昔、姉貴の影響でコーヒーを飲みすぎてお腹をこわして以来、氷なしになった。
まあ、ホントはコーヒー以外が良いが、最近コーヒー値上がりしてるし、自分で買うんじゃなきゃ良いか。
そうこうしていると――インターホンが鳴る。しかもやたらメロディアスな音。
(……この音、絶対に聡さんが設定したやつだ)
「少し早く着いちゃったけど、大丈夫?」
「うん、涼也も来てるわ」
ドアが開いて、スーツ姿の女性が一礼する。
「すみません、お邪魔します」
礼儀正しい。例の後輩……らしい。
リビングに入ると、彼女は名刺を差し出した。
「初めまして。神栄テクノロジー株式会社の向田と申します。この度はご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
名刺には「主任 向田 芽以」の文字。
(おお、若いのに主任?やっぱ優秀なんだ)
「初めまして。忍野の弟、涼也です。よろしくお願いします」
ぎこちなくもきちんと挨拶すると、
「向田です。よろしくおねがいします」と返してくれる。
と、突然、スマホから声が響く。
『私は、秘書の陽花です。本日はよろしくお願いします』
「えっ、どこから声が……秘書って……?」
慌てふためく向田さん。
(ああ、こういう反応の人なんだ。ちょっと安心)
スマホを掲げてフォローに入る。
「大学で開発しているAIです。姉の通訳をしてくれるんで、気にしないでください」
「そ、そうなんですか……すごい……」
場が落ち着いてきたところで、聡さんが助け舟を出してくれる。
「立ち話も何なので、座りましょう」
(ありがたい進行役……)
向田さんが深々と頭を下げる。
「この度は夜中に高梨さんを呼び出してしまい、大変申し訳ありませんでした」
姉がすかさず追撃。
「どうして、あんな夜中に会社まで行かないといけなかったんですか?」
まあ、気になるよね。あれだけ怒ってたし。
そして――向田さんは思い切ったように口を開いた。
「それが……ここだけの話にして頂きたいのですが、弊社で現在、アンドロイドの開発を進めておりまして……そのうち1体が、暴走してしまったんです」
(……えっ)
今、とんでもない単語が聞こえた気がする。
「私一人では止められなくって……」
(マジか。ていうか、俺、聞いてて大丈夫なやつ?)
安全装置とか無いの?だが思い出す。陽花にも、安全装置はつけてない。
(開発って、怖いな……)
部屋に、一気に重たい空気が流れ始めた。
そして――何かが始まる予感が、確かにそこにはあった。