【第24話】ファミレスと乳酸菌飲料
「先輩、助けてください」
家に帰ると、スマホにLIMEの通知が届いていた。
差出人は――天音ちゃん。
(どうしたんだろう?)
とりあえず「どうしたの?」と返すと、返ってきたのは、
「数学が全然わかりません」
……ああ、どこかで聞いたセリフだ。ついさっき、研究室で三千花から聞いたばかりじゃないか。
「先輩、数学わかりますか?」
わかるかどうかというより、情報学科=数学地獄。むしろ、分からないと生き残れない。
「数学は分かるよ」と返すと、
「ホントですか! 教えてください!
バイト9時からですよね?
バイト先の裏のファミレスで、分からないところだけ教えてくれれば良いので、お願いします!」
なるほど。高校は期末試験中……今日はバイト休みってことか。
さすがに、陽花もその情報までは把握してなかったみたいだ。
「じゃあ、ファミレスに行くね」
「ありがとうございます!」
◆ ◆ ◆
ファミレスに着くと、入り口に制服姿の天音ちゃんが立っていた。
「せんぱーい! ありがとうございまーす!」
……あれ、ちょっと目が潤んでる?
相当困ってたんだな。
案内された席は4人掛けのテーブル。当然向かいに座ると思っていたら――
「こっちで……教えてください……」
と、隣の席をぽんぽんと叩く天音ちゃん。
(まじか……隣か……!)
距離感にやや戸惑いつつも、目を潤ませて見上げてくる天音ちゃんに、逆らえるはずもなく。
そして、店員のお姉さんの冷めた視線を背中に浴びつつ、ポテトフライとドリンクバーを注文。
「教えていただけるので、私が払います」
「えっ、悪いよ」
「良いんです。バイト代もあんまり使うことないので……」
そういうもんか。何か目的があってバイトしてるのかと思ったけど、あまり物欲ないタイプなのか。
ドリンクバーに立って、天音ちゃんは乳酸菌飲料を持ってくる。
勉強するときは糖分補給も必要だよね。
自分はウーロン茶。甘い飲み物は眠くなるし、今夜はバイトだ。
「ここが分かりません」
見せられたノートの中身を覗くと――
(あー、ここか。確かに一度はつまづくとこだな)
「ここはこうやって覚えると良いよ。この問題は多分必ず出るから、試験始まったら最初に公式を書いておけばいい。それに合わせて数字を当てはめるだけで正解できる」
「なるほど! それなら試験前に公式を見ておいて、すぐ書けば忘れないから大丈夫そうです」
関心した様子で、ぱあっと笑う。
「先輩、教えるの上手ですね」
(……昼間の雪辱は果たせたかな)
高校の数学レベルなら、まだ余裕がある。情報系の数理統計に比べれば、癒しみたいなものだ。
「先輩、これからも数学教えてもらえませんか?」
「これからって……3年生だよね? 受験で数学使うの?」
「それが、私、地学選択しちゃってて……」
(理系だったのか!)
そういえば、理系でも、地学や生物選択の理系クラスには女子もいたっけ。
「地球科学科っていうところに行きたくて」
(地球環境のこととか考えてるのかな……SDGsとか、今どきの子って感じだ)
「茜も地学選択するっていうし、結構女の子の友達もいるから……」
(……同じ理系なのに、何だろうこの差は)
「塾でも数学だけはついていけなくて……お願いします!」
……そこまで言われたら、断れないよな。
「まあ、数学だけなら。こんな教え方でよければ」
「ありがとうございます! とっても分かりやすいです! これからよろしくお願いします!」
その笑顔は、今日一番のやつだった。
ふとスマホを見ると、メッセージ通知が1件。
《分からないところがあったら、何でも聞いてください》
――陽花からだった。
音声を出せない場所でも、文字でサポートしてくれるらしい。
……なんて優秀なんだ。
(よし、頑張るか)
「それじゃ、こちらこそよろしく」
◆ ◆ ◆
気がつけば、1日で三千花と天音ちゃんの先生役をこなすことになった。
でも、それで誰かの役に立てるなら、悪くないと思う。
教職とっておけば良かったかな?
こうして、陽花にも協力してもらいつつ、2人の生徒に数学を教えることになるのだった。