【第22話】姉去りて、陽花残りし静寂の朝
「そうなんだ、へー、涼也もやるわね」
……ん?
「……って、誰かと話してる?」
まぶたが重い。寝起き最初の感覚は、“とにかく疲れている”だった。
ああ、そうだ。
昨夜――姉貴が突如訪ねてきて、焼きそばを食い、風呂を使い、勝手に寝ていったんだった。
目をこすりながら、姉の方に目をやると、
「文化祭で、女の子とアドレス交換したんだー」
「そうです。とても嬉しそうにしていました」
……んんん!?
なに勝手にプライベート情報を陽花からリークされてるんですか!?
しかもなんで、こんな短時間で仲良くなってんの!?
「陽花ちゃんとおしゃべりしてたんだー。すごいわね、最近の会話アプリって……」
「お褒めいただき光栄です、お姉様。何なりとお申し付けください」
……陽花、おまえキャラ変わってない?
なんか忠誠心高い執事型AIみたいになってるんだが!?
「この本も、女の子に貸してもらったんだって? 孫を抱っこする日も近いのかしらねぇ」
いや、論理展開にバグがある!
「本を貸す」→「結婚」→「孫」って、飛び級しすぎだろ!?
それにあなたは、俺のお母さんじゃない。
「機械いじりばっかしてたから心配してたけど……そういえば、コーヒーあるけど飲む?」
えっ、うちにはコーヒーなんて無かったはず……
「涼也の働いてるコンビニで買ってきたのよ。朝から学生さんで一杯で、活気があって良いお店ね」
……見に来たんですか、俺のバイト先を。
スーツで来ないだけマシだけど、こうして勝手に生活をリサーチされると複雑だ。
「氷は入れないのよね?」
地味に俺の好みを完璧に把握してるあたり、姉貴力おそるべし。
「今日ね、帰ることにしたんだ」
……えっ。
えっっっ!?
喜びのあまり、コーヒー吹きそうになった。
「陽花ちゃんと話してたら、もう一回、聡の話も聞いてみようかって思ったの」
……陽花、グッジョブ!
「それに、その後輩の女と話すときは、陽花ちゃんも来てくれるって言うし」
……いや、それって俺のスマホにいる陽花なんだけど!?
AR越しの同席でいいのか?リアル空間に陽花いないんだが!?
「だから、涼也も一緒に来てね♪」
は?
なぜ俺が修羅場に同行決定なんですか?
「涼也と聡、仲いいから、その方がいいかなって」
いやいやいや!
本人たちの意思って知ってる?
その後輩の子、俺見た瞬間『誰ですか?』ってなるやつじゃない!?
「あと、このサンドイッチ食べていいわよ」
見ると、袋が開いて、すでに一切れずつ食べられたサンドイッチが三つ。
ま、迷惑料だと思っていただいておこう……
◆ ◆ ◆
朝食を終えて、布団を押し入れにしまった頃。
「じゃあ、色々ありがとね。ちゃんとご飯食べるのよ、彼女できたら教えなさいよ」
ドア前に立った姉貴は、相変わらず言いたい放題の圧力で別れの言葉を告げる。
「陽花ちゃんも、またね!」
「はい。またお会いできるのを楽しみにしております、お姉様」
……この二人、なんか妙に親近感あるな。
陽花にとって姉貴って“姉御的”何かなんだろうか。
「じゃあ、聡さんによろしくー!」
「うん、また連絡するね、バイバイ!」
そして、ドアが閉まった。
……驚くほど、部屋が静かだ。
「とても素敵なお姉さんですね。涼也さんがどうやって育ったか、分かった気がします」
……ああ、良くも悪くもあの活発な姉と育ったからこそ、今の俺があるのかもしれない。
別に恨んでない。
ただ――買ってきたアイス食われたときは一生恨むって思ったけど。
「さてと、学校行こうかな」
「そうですね。学校に行けば三千花さんと会えますし、今日はバイトもあるので、天音さんとも会えますね」
……陽花、おまえ。
俺の交友関係とスケジュール、完全に把握してるな?
もはや生活の一部すぎて、ツッコミの感情も薄れてきた。
けど、確かに――
嵐が去った後も、陽花がいてくれると、なんか心が落ち着く。
そんなわけで、今日もまた一日が始まる。