【第21話】姉、風呂、布団、そして破壊的日常
「あー、おいしかった!」
食後に満面の笑みを浮かべる姉・静華。
どうやら焼きそば一皿で全快したらしい。
どういたしまして、お粗末さまでした……とでも言えばいいのだろうか。
「泊めてくれる上に夕飯まで作ってくれるなんて、
良い弟をもって、わたしゃ幸せだよ〜」
ひどい。これは自作自演の完成形。
「困ってる女演じて、家に転がり込む姉劇場」、堂々の千秋楽である。
そして流れるように次の要求が来た。
「ねぇ、なんか飲み物ないの?」
そう言って、ずかずかと冷蔵庫を漁りだす。
いや、さっき「台所は勝手に使わない」って言ってなかったっけ!?
冷蔵庫は台所じゃない判定!?冷蔵庫は冷蔵庫!?独立行政機関なのか!?
「あっ、何この可愛いビール♪」
うわ、見つけやがった。
それはな……バイト先の試飲会でもらった135mLとか250mLのミニ缶ビール。
できたてでめちゃくちゃ美味いやつ。
「えーちっちゃいけど、おいし〜い♡」
って、誰が飲んでいいって言った!?
俺の一口分がっ……!
しょうがなく、250mLの缶を開けて一緒に飲む。
弟の尊厳がまた一口、削られていく。
「ふふっ、あのちっちゃかった涼也がお酒を飲めるようになるなんて〜」
そう言いながら、豆粒サイズの指ポーズ。
いや確か母のお腹の中ではそれくらいの頃もあったかもしれないが……見てないだろ絶対。
「そういえば、お風呂入っていい?」
ほらきた、定番の流れ。
「色々疲れたから、湯船に浸かりたいんだよね〜」
つまり、風呂を洗って湯を張れということですか姉様。
ええ、分かっておりますとも。
どうせ自分が入るときにも洗うんだ。
……でもなんでこうもモチベーションが下がるのか。姉は弟のやる気キラーか!
結局、普段通りに風呂を洗って湯を溜める。
あー、実家でも風呂担当だったな俺……などと思い出して部屋に戻ると、
「何この可愛い栞! 女の子か!」
えっ、鬼平を勝手に読んでる!
その押し花の栞は三千花が挟んどいてくれたやつだ……!
「どうしたの? 歴女の彼女でもできたの?」
ぐっ……スルドイ!でも違う!彼女じゃない!
「なーんか、女の子の匂いがするんだよね〜」
いやいや、匂いって言っても何だよ!? 生物的嗅覚か?
「って言っても、ホントの匂いじゃないのよ」
「なんか、女の子に見られてる気がするっていうか」
……それは陽花のカメラのことだ。
姉、霊感か野生か知らんけど、鋭すぎる。
絶対、右も左も右脳が入ってるだろ。
「ま、何でもいいわ。そろそろお風呂、汲めてるでしょ? 先入るわねー」
あぁ、もう、流れるように一番風呂をご利用になる姉様。
さすがに陽花も、この会話には一切入り込めなかったらしく、
「すごい方ですね……」
「入り込む余地がありませんでした……」
「私も、まだまだでした……」
いや、真似しなくていいから!!
しかも、よく考えたら俺、全くしゃべってなかった。会話にもなってないな……
そんなこんなで風呂に向かった姉貴だが、数分後――
「ちょっとそこのボストンバッグ持ってきてー!」
脱衣所の扉を開け、バスタオル一枚で顔を出す姉。
うわぁ……これほど需要のない半裸女性も珍しい……
ボストンバッグをもつと、「重っ!」いったい何泊する気だ?合宿か?
しばらくして、
「お先〜♡」とパジャマ姿で上機嫌に出てくる。
ど こ の 誰 の 家 で す か ?
とはいえ、このままでは疲れが溜まる一方なので、俺も入ることにする。
そして脱衣所に入った瞬間――
脱ぎ散らかされた姉の服と下着が、床に広がっていた。
フリフリのレースがついた、明らかに高級そうな下着。
だが、不思議とまったく心が動かない。
「これが……身内補正というやつか……」
親指と人差し指でつまみ、ネットに入れて、洗濯機へ。
風呂から上がると、押し入れから勝手に布団を出し、
すでに寝息を立てている姉の姿。
「さとるぅ……ムニャムニャ……」
寝顔だけは……寝顔だけは、ちょっと可愛いと思ってしまった自分が悔しい。
「おやすみなさい。お疲れ様でした……」
陽花の優しい声に、少しだけ疲れが癒やされた気がする。
「おやすみー……」
電気を消し、俺は布団に入った。
激動の一日が、ようやく静かに幕を閉じたのであった。