【第20話】姉、襲来。焼きそばと共に嵐は訪れる
「どどど、どうしたの急に!?」
玄関で突然目にした光景に、思わず声が裏返った。
そこには――
なぜか俺の部屋の中でくつろいでいる**姉・静華**の姿があった。
確かに早苗さんは「今日はお部屋に戻ったらびっくりするわよ」なんて言っていた。
だがこれは、サプライズというより災害である。
「いや、普通にびっくりはしたけど!? 嬉しいびっくりではないんだが!?」
「まあまあ、そんなに慌てないでよ」
そう言いながら、にこやかにスタバのコーヒーを飲む姉。もちろん俺の分は無い。
そのリラックスした様子に、俺の神経がどんどんすり減っていく。
「LIMEに連絡来てたっけ……?」とスマホを確認するが、
三千花からのメッセージ以外、通知はない。
つまり――
「連絡もせず、いきなり来たのかよ!」
「当たり前でしょ。連絡したら、サプライズにならないじゃない」
「そういうサプライズは求めていないけど……」
だが、この姉がこんな風に突然やってくる時は、決まって“何か”があった時だ。
「……また、聡さんと何かあったのか?」
聡さんとは、姉の婚約者。
優しくて、聡明で、顔も良くて、職業は大手メーカーのシステムエンジニア。
正直、なんで姉と結婚するつもりなのか、俺には永遠の謎である。
「それがね……聡が、浮気してるみたいなの……」
「あ〜……またか……」
浮気というか、“浮気っぽく見えるけど実は違う”という、
姉の通り越し苦労パターンのやつだ。前にもあった。
とはいえ、念のため詳細を聞いてみる。
「……で、今度はどんな感じで?」
「それがね、聞いてよ!」
うん、聞いてるよ、聞きたくないけど。
「昨日の夜中よ。急に電話が鳴って、女の声で『せんぱーい、助けてくださーい』って!」
うん、ダメダメな後輩像が頭に浮かぶ。
「で、聡ったら『ごめん、緊急の仕事が入った』って言って、夜中に出かけちゃったのよ!
しかも! 朝帰り!!」
それだけなら、まあ、緊急案件だったのかもしれない。
だが、続きがあった。
「朝帰ってきて問い詰めたら、『システムの緊急トラブルで、どうしても朝までに対応しないと』って逆ギレされたのよ! しかも、その女が『今度謝罪に行きたい』って言ってるとか言い出して!?」
「そんな泥棒ネコと会いたくないわよ!!って、飛び出して来たのよ!」
……ああ……うん……
浮かんでくるのは、聡さんの“優しさゆえの損な役回り”。
あの人なら、本当に後輩のトラブルを真面目に手伝ってそうだし、
姉に詰められて逆ギレじゃなく防衛本能的に語気が荒くなった可能性が高い。
そして、誤解を招く形で、なぜか謝罪に後輩女子が同行するという最悪ムーブ。
……聡さん、やらかしたな……。
「だから、今日からここに泊まるから」
「えっ」
「大家さんも『それは弟さんも喜ぶでしょうね』って言ってくれたし」
いや、それは完全に誤解です早苗さん!?
どこに俺が喜ぶ要素があった!?
ていうか、姉の“逃避行先”に指定される弟の気持ちになってくれ!!
「それで、これ」
そう言って姉から手渡されたスーパーの袋。
開けてみると――
・もやし
・キャベツ
・ひき肉
・中華麺
「……えっと、これは?」
「焼きそばの材料よ?」
いや、分かってるけど!?
「……人様の家の台所を勝手に使うほど非常識じゃないわよ」
……いや、いきなり弟の部屋に押しかけて
晩ごはん作らせようとするのは非常識ではないのか?
なんだろうこの理不尽な生き物は……
だが、さっき香菜ちゃんの満面の笑顔で受けた癒しが、
まだ心に残っていた。
その効果で、かろうじてキレずに済んだ。
「……こんな大人にはならないでくれ……ならないよな、香菜ちゃん……」
小さく呟いて、俺はため息とともに台所へと向かった。
そうして、フライパンを手にした瞬間、
また俺の静かな日常が音を立てて崩れていく音がした気がした。