【第2話】からあげとベンチと、GPU?
昼休み。
講義を終えて廊下を歩いていたら、ちょうど自販機前で彼女と鉢合わせた。
──三千花。
昨日、牛丼屋で“つゆだく納豆ご飯”を頼んでしまった張本人。今風の派手さはないものの、委員長タイプの堅苦しさはなくて、話しやすい。だから、ついうっかり注文してしまった。
「……あ」
「……あっ、どうも」
気まずい空気かと思いきや、三千花のほうから声をかけてきた。
「昨日の……つゆだく、あんな注文されたのって初めてなんだけど……」
「うん、ごめん、でも助かったよ」
まさか、注文が通ると思ってなかったので……何事も言ってみるものである。
「牛丼屋で納豆とご飯だけって……お金、ないの?」
「……まあ、あるにはあるけど」
バイト代は、ほとんどGPU買うのに消えちゃってる、とは口にしなかったが、彼女の眉がわずかに寄った。
「ちゃんと食べてないと倒れるよ? バイトとかしてるの?」
「してるよ、ちゃんと。週4で入ってるし、深夜だから時給もまあまあ」
「……でも、つゆだく納豆ごはん」
なぜかその一言がグサッとくる。
三千花はじっとこちらを見つめたあと、ちょっと首をかしげて言った。
「……それって、もしかして何かにお金使ってるの?」
「うん、GPUを買ってる」
「……じーぴー……ゆー?」
「グラフィックス・プロセッシング・ユニット。まあ簡単に言えば、AI作るための……高性能な計算マシン、みたいなもん」
「AIを作ってる?の……でも、それって、食事より大事なの?」
直球でダメ出しをされるのは仕方ない、自分でも自覚してるし……でも、もっと性能上げれば、学習精度が上がるんじゃないかと期待してしまうのだ。
「食事はちゃんととってるよ? 納豆は安くてもちゃんとタンパク質が摂れるし……でも、つゆだくにすれば、お肉と同じ味になるかなーって……」
ともすれば、牛丼の匂いだけでも、納豆がお肉の味に思えるときがある。
「……ううん、もういい。聞いてて悲しくなってきた」
完全に呆れた顔だった。
だけどその直後、彼女がバッグをごそごそと探り出したかと思うと、タッパーに入ったお弁当を取り出した。
「……からあげ、昨日の夜、ちょっと揚げすぎちゃって、たくさんあるから食べる?」
「えっ、いいの?」
「栄養、ちゃんととってるようには見えないし……」
──あまりの食生活のひどさに、同情心が沸いたのかもしれない。が、ほぼ、初対面で手作りの料理をご馳走になっても良いものか……
でも、からあげの美味しそうな匂いが俺の思考能力を奪っていく。
「じゃあ……少しもらっても良いかな」
サークル棟前にベンチが並んでる場所があるので、そこに移動するが、カップルとの遭遇率が非情に高く、一人では来づらい居場所だ。だが、今日は幸いにも三千花がいる。
「ここ、座ろっか」
「え、ここでいいの?」
「どうしたの? なんか気まずいの?」
「いっ、いや、べ、別に……」
周囲を見渡せば、リア充とおぼしきペアが幸せそうに昼を楽しんでいる。
手作り弁当を「あーん」して食べさせてるのを横目で見るのは精神的にハードルが高い。
そんな中、俺と三千花は沈黙のまま、タッパーを真ん中に置いて、ぎこちなく座った。
「……からあげ、昨日揚げすぎちゃったからお弁当に持ってきたの。たくさんあるから食べて」
「ありがとう、久々のちゃんとしたご飯かも……」
「普段は、ちゃんとしてないご飯ばっかり食べてるってことね、大丈夫なの?」
「大丈夫、賞味期限が切れてても、まだ食べられるやつだから」
「えっ、それって大丈夫じゃないんじゃ……」
まあ、夜中の0時に賞味期限が切れて、1時過ぎに食べたって、1時間でどうなるわけでもないので大丈夫のはずだ。
「それに、こんなにちゃんとしたご飯を食べさせてもらえることもあるんだから、なるようになるでしょ」
三千花がジト目をしながら、小さく笑った。
その笑顔がなんか、自然で、心地よかった。
AIもこんな風に自然な感情をもつことができるのかな?──そんなことを思いながら、俺はからあげをもうひとつ口に運ぶのだった。