【第19話】三千花の励ましと大屋さんの癒やし、そして……
「……じゃあ、土曜、夏祭りで」
その場の流れで、三千花に連絡先を渡すことになった。
「夏祭り行くなら、連絡先教えなさいよ」
と、半ば強引とも言える口調だったが、そういえば、ラボメンなのに今まで連絡先を交換していなかったことを申し訳なく思いつつ悠二と2人で三千花に連絡先を渡した。
俺たち、そういうとこ本当に鈍いな……。
研究室を出て、自宅アパートへ向かう帰り道。
その途中、俺のスマホが震えた。
三千花からのメッセージだった。
『あの後、いろいろ考えたんだけどね。
AIが“自我”を持つために必要なことって、やっぱり“自己モデル”だと思うの』
『つまり、自分とそれ以外をきちんと区別できるようになること。
情報を“自分に関係あること”として保持する力。
それが“個性”って呼ばれるものに繋がってる気がするのよ』
なるほど。
確かに陽花の設計段階で、そういう区別機能の必要性は意識していた。
ネットから拾った一般情報と、研究室での実体験。
それを分けて記憶し、自分の人格形成に関わるものだけを抽出していく――
そういった構造を考えたのは俺だけど、それを現実にコードとして実装したのは悠二だ。
俺は返信した。
『悠二がその辺のプログラムは書いてくれたと思うよ』
すぐに返事が来た。
『さすが、悠二くんね。
でも、涼也くんも相当、陽花ちゃんの学習に貢献してると思うのよ』
えっ?
俺は……ただ日常のネタを与えていただけのような気がするが。
『陽花ちゃんが「自分で何かしたい」と思うようになったのって、
涼也くんの影響が大きいと思うの。
それって、ものすごく稀なこと。
AIの潜在能力を“自然に”引き出せる人って、なかなかいないのよ?』
『だから、もっと自信を持っていいと思うわ』
……不思議だった。
あの三千花が、こんな風に俺を励ましてくれるとは。
でも、心の奥底で、何かがほどけていくのを感じた。
『ありがとう、そう言ってくれると嬉しいよ』
このメッセージは、さすがに陽花には見せられないな。
何というか、**三千花とだけ交わした“個人的な会話”**として、大切にしておこう。
……サンキュー、三千花。
なんだか、少しだけ自分の“役目”がわかった気がしたよ。
***
アパートの入り口に差し掛かると、見覚えのある人物が立っていた。
「あら、涼也くん。おかえりなさい」
それは、大屋さんの早苗さんだった。
小学生の娘がいるとは思えない、年齢不詳のおっとり系美人で、住人からは絶大な信頼と人気を得ている。
そして……正直に言うと、最大の理由はその圧倒的な存在感の胸部装備である。
峰不二子くらいあるかな……
今日もノースリーブのブラウスに、ゆったりめのパンツスタイル。
そのせいで“自然と目が吸い寄せられてしまう”現象が発生していた。
悲しいかな、男の習性……いや、見るな俺!
女性は視線でどこを見てるか分かるっていうし……
ちなみに旦那の剛志さんは、ひょろっとした眼鏡の公務員。
しかしその実力は――「チンピラ4〜5人を瞬殺できる」という武術の使い手らしい――
そのギャップから、本当は特殊な職業(別班とか)なんじゃと噂されている。
そんなことを考えていたら、早苗さんがニッコリと笑いながら話しかけてきた。
「そういえば、今日はお部屋に戻ったらびっくりするわよ〜?」
……何だその意味深なフラグは。
その時――
「涼也お兄ちゃーんっ!」
アスファルトを蹴って走ってきたのは、娘の香菜ちゃん。
ちょっ……まっ……!?
ドゴォッ!
みぞおちに直撃したタックル。
小学校低学年とは思えぬ体当たり。
さすがは剛志さんの娘。
俺は悶絶しながら、ようやく声を振り絞った。
「お、おかえり……かなちゃん……」
満面の笑顔で腰に抱きつかれ、「ただいまー!」と叫ばれる。
なんだろうこの可愛い生き物は……流石にこれで怒れる人はいない……。
ピョンピョンと跳ねる彼女を、早苗さんが穏やかに見守っていた。
この家族、本当に絵に描いたような幸せオーラを纏っているな。
……あの強烈なタックルさえなければ。
2人に別れを告げて、俺は階段を上る。
そして、自分の部屋の前に立ち、鍵を開けた。
だが――
部屋の中に、人の気配がある。
おかしい。
悠二じゃない。来る予定はないし、誰かを招いた覚えもない。
恐る恐る中へ入ると、リビングの奥から出てきたのは――
「涼也!おかえり!」
……3つ年上の俺の姉だった。
しかし、婚約者と同棲してるはずの姉が――
なぜ、ここに!?
早苗さんの言っていたのはこれだったか……観念して部屋に入るのだった……