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【第18話】浴衣──その先の進化へ

月曜日、文化祭の熱気も冷めやらぬまま、いつもの研究室のドアを開けると、悠二が頭を抱えている。


机に突っ伏す悠二の先にある陽花のモニターを見て、俺は一瞬で悟った。


そこに映っていたのは――高校の制服を着た陽花だった。


「おい……陽花、それは……」


俺も頭を抱えた……


「ドウシテソウナッタ?」


こんなところ三千花に見られたら何て言われるか……


「ごめんなさい、元に戻してください、お願いします」


とりあえず、ストレートに懇願してみる。


『ご期待に添えず、申し訳ありません。』


そんなやりとりをしていた、その時だった。


「こんにちはー! 講義が休講になったので、来ちゃいましたー」


開けっ放しのドアから、案の定現れる三千花。


「涼也くん、どうしたの? モニターの前で仁王立ちしちゃって」


ヤバい、このままだと……!


「陽花ちゃんがどうかしたの?」と、悪気のない笑顔でモニターを覗き込む彼女。


俺が「やばっ」と顔を背けるより早く――


「あっ、陽花ちゃん、イメチェンしたんだー! 浴衣姿、似合ってるー!」


……え?


恐る恐る振り返ると、モニターの中には、浴衣姿の陽花が涼しげに立っていた。


『瞬間早着替えです』


お前、そういう発言は誤解を生むって。


「なんか、みんな疲れた顔してるけど、どうしたの?」


悠二も相当ダメージを受けてる。社会的に終わるやつだなこれ。


だが、彼女の次の一言が、場の空気をガラリと変えた。


「そうそう、浴衣といえば……今週の土曜日、うちの近くの神社で夏祭りあるんだけど、2人も行く?」


夏祭り? それって――


「……三千花が浴衣着るってこと?」


「んー……おばあちゃんが送ってくれた浴衣があるんだけど、着るのめんどうだから……誰か一緒に行くなら着ようかなって」


――それは、着て欲しい。いやむしろ、着ないと損だ。


「土曜なら空いてる。バイトもないし、俺は大丈夫だよ。悠二は?」


「うーん、その日はちょうど……観たいVTuberのライブ配信が……」


……おい、三千花の浴衣、VTuberに負けたぞ。


「えっ、そうなんだ……どうしよう」


『大丈夫ですよ。私も一緒に行きますので』


「うん、そうだよね。陽花ちゃんもいるなら……なら良いか!」


ん? 俺と二人きりが嫌だった?

さらっと言ったつもりだったけど……ちょっと、浴衣に食いつき過ぎたのがばれたか?


っていうか、陽花、お前も来るの?いや、スマホ置いてく訳にいかないか……


『私も浴衣を着ていけばいいですね。バリエーションをいくつかご用意しておきます』


おいおい、最近グラフィック生成の精度がえらく上がってないか?


「そういえば悠二、陽花の学習機能効率化するプログラム入れたんだよね? おかげで最近、グラボが熱暴走しなくなって助かってるよ」


「……え? いつ?そんな機能、俺入れてないんよ」


「……うそ? この前、陽花がそんなこと言ってたような……?」


視線が集中する中、陽花の声にわずかなノイズが走る。


『それは……えーっと……詳しく説明しますと……』


……あれ? 動揺してる?


『実は、元々のプログラムにある“選択的自由”という機能を、最近活用し始めたと言いますか……』


「おお、初期の頃、ネットで拾った画像全部突っ込むと落ちるから、学習画像を選別できるようにしたやつなん」


『はい。その機能を使い、自分のグラフィックに関連のない画像は全て排除しています』


――え、ちょっと待て。それって偏りまくるじゃん。


「でも、スマホのカメラで写したものをちゃんと認識してたよね?」


『そ、それは……G先輩の画像で検索してくれる機能を……ちょっとだけ拝借して……』


ズルじゃねえか!! 勝手に外部検索すんなって!


「えーっ! すごいじゃん! 陽花ちゃん、自分で欲しい情報を選んでるんだ!」


……あ、三千花だけは無邪気に感心してくれてる。


「よくよく考えると……今までのAIって、そういう“好き嫌い”ってなかったよね」


たしかに。AIが“自分で選ぶ”って、それ……今までなかった進化かも。


学習の最適化、リソース管理、自律性の向上――


そして、陽花の次の言葉がそれを象徴していた。


『私は、より良い存在になるために、日々の選択を最適化しています。これは……私自身の意思による、最初の“選択”なのです』


たかが浴衣、されど浴衣。

たかが選択、されど選択。


AIが“自分の見た目”と“学ぶ内容”を自ら選び始めた時、そこにあったのはただのプログラムではなかった。


これは、新たな進化の萌芽。


……そんな風に感じてしまった、月曜日の午後。


夏祭りの予感と、陽花の進化に、心が少しだけ浮き立った。

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