【第17話】メッセージひとつ送れない、私って……
文化祭が終わって、校舎が少しだけ静かになった気がした。
盛り上がりの余韻が、空気のどこかにふわふわと残っていて、
私はまだその夢の中にいるような気分だった。
――先輩に、少しは近づけたかな?
そんな風に思っていたけれど。
予想外だったのは、茜と悠二さんの空気感。
なんていうか、あれ、すごく良い雰囲気だった。
ふたりで連絡先を交換してる時、悠二さんがすごく嬉しそうだったのが印象的で。
でも、それならそれで――結果オーライかも。
だって、私も、涼也先輩と連絡先を交換できたんだから。
これからはバイト先で、わざわざ入れ違いのタイミングを狙わなくても、いつでも連絡できる。
……はずなのに。
『なんて送ればいいの!?』
スマホのメッセージ画面を開いたまま、ずっと悩んでいる私がいる。
――文化祭のチケットを渡すときも、クラス番号と一緒に携帯番号を書いておいたのに。
――なのに、結局一言も言えなかった。
学校では「コミュニケーションお化けだよね」なんて言われてる私だけど、
いざとなると……ヘタレで、だめだなあ。
思い返すのは、あの日。
近所のコンビニで、涼也先輩を見かけたとき。
忙しそうな店内で、テキパキと働いて、
笑顔じゃないけど、真面目で、でもどこか安心感がある。
「学生のアルバイトさん……?」って、最初はそれだけだった。
だけど、あんなに真剣に働く人がいるんだって、目が離せなくなって。
お母さんに相談して、学校にもアルバイト許可をもらって、
私もそのコンビニに応募しようと決めた――けど。
『募集年齢18歳以上』の文字に、撃沈。
……でも諦めきれなくて。店長さんに相談して、条件付きで雇ってもらえたときは、本当に嬉しかった。
「遅くなっても21時まで」って、すごくありがたかった。
シフトは入れ違いになっちゃったけど、
同じバイト先というだけで、名前を覚えてもらえて――
それが、今日の文化祭に繋がった。
――それだけでもう、十分な奇跡だったのに。
まさか、研究室でAIを作ってるなんて。
まさか、イヤホンから喋ってたのがAIだなんて!
涼也先輩って、そういう人だったんだ。
理系男子。何か使命感を持って、文化祭に来てくれたような、そんな雰囲気。
女子にデレデレするわけでもなく、でも人のことをよく見ていて。
淡々としているようで、時々ふっと、優しい。
――本当はね、今日。手、つなぎたかった。
だけど、恥ずかしくて、勇気が出なくて、
代わりに腕を掴んじゃった。
そのとき、思ったよりもしっかりした筋肉があって、
あ、この人、ちゃんと男の人なんだ……って、どきっとした。
そういえば、バイト先でビールケース運んでたもんね。納得。
たこ焼き、アーンって、ちゃんと食べさせてあげたかったな。
でも緊張して、強引に口に放り込んじゃって……やけど、してないといいけど。
茜の料理知識には興味津々だった。
でも、私も……いつか、自分で作ったお弁当を食べてもらいたいな。
茜に料理、教えてもらおうかな。
いろんな思いが、ぐるぐる巡って、気づけば夜になっていた。
文化祭が終わって、次に何かを動かすのは――私なんだ。
だから、勇気を出して。
スマホに向かって、震える指でメッセージを打った。
『今日は文化祭に来てくださってありがとうございました!またバイト先で!』
送信ボタンを、押す。
画面が「既読」に変わるのを見て、胸が少しだけ熱くなった。
……うん、ヘタレだなぁ、私。
これじゃ、茜に先を越されちゃうかも。
だけど――きっと、これも一歩。
私の、小さな、小さな青春の一歩。