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根暗呼ばわりされたので、根暗らしく仕返しすると決心しました

作者: 鷹のつめ

——魔法。


 この世界には"魔法"という概念が存在する。

 生物には皆等しく魔力(マナ)という魔法を生み出すエネルギーが体内に秘められている。しかし人間という種族だけは少し特殊であり、これまで魔法を発現した者は誰一人いない。


 理由は未だに不明。

 だが他種族においては魔法の使用例は当たり前のようにある。

 何故か人間にだけは使えない。

 神のみぞ知るというやつか、やつなのか!

 人類に対する根暗神の横暴——と。

 まあ憶測はともあれ、魔法の使用を許されない種族——それが人間。


 私は猛烈に悔しかった。

 他種族が炎とか氷とか、バンバン撃ちまくっているの見てると、もう羨ましすぎて憎悪の化身になってしまう。

 やはり魔法は理想であり、憧れであり——そして諦められない夢だった。


 ならばとばかりに私は思案する。

 人間には魔力が存在しつつも、魔法の発動は行えない。

 であるなら、こう考えられる。

 人間の体内から魔力を直接的ではなく、間接的に扱うというのはどうだろうと。

 即ち他の要素——"魔導具"を介することによって、人間であっても魔法発動が可能ではないかと、私はそう仮説を立てる。


 ひとえにそんな想像をするだけでも、世界が広がっていくような、そんな感覚に支配され私はもう虜になっていった。


 そうして魔法に対する執着から始まった私の魔導具研究は見事に合致する。

 当初は異端者と称され、馬鹿にもされた。

 奇異なものを見る周囲の視線も、意に返さずに私は研究に没頭し続けているうちに——


 一学生の活動であった、私の研究は偶然一人の同志の目に止まったことによって、実用化が現実のものとなった。

 現時点で人々の生活の一部として、組み込まれている魔導具も存在している。

 今や国策として推奨され、"子供の遊び"とバカにできないほどの規模に。

 注目を集めた魔導具研究は国からも開発費として資金援助もしていただいていた。


 それほどまでに国益となって多大なる貢献をしているのにも関わらず、“魔導具”という分野においては未だに厳しい意見を持つものも多い。

 “厳しい意見”というのも言葉の表現を柔らかくしただけであって、実態は利権の獲得に失敗した者たちからの執拗な妬みや僻みといった醜い感情と言うべきか。


 未だに種族間の争いにおいて、人間側には必要のない無益な犠牲が多くなっている実情も、彼らの権力が強固なことに起因する。

 これからの時代、戦いにおいて魔法は必要不可欠。

 この国の民たちの命を顎で使うような古びた頭の連中には、さっさとご退場願いたいものである。

 そして彼もそのうちの一人にあたるのだろうけど。




「ねぇ、こんな機械いじりはもう止めて、さっさと俺を公爵家の一員にしてくれよ」


 そう言って彼は私があげた球体状の魔導具を手にする。

 人差し指一本で支えながら、くるくると回して私を嘲笑うかのように弄んでいた。

 彼の名前はライゼル。

 子爵の地位を有する高位の家系の出で、その子息にあたる存在。

 ただ彼には致命的な欠点がある。

 それは爵位を持つ者とは思えないほど、礼儀知らずで有名だった。

 相手が誰であろうと、たとえ彼よりも高位の者であったとしても、その高圧的な態度が変わることはない。

 公爵家令嬢である私に対してもだ。


「婚約しているのだからいずれはそうなるでしょ。今の時間くらいは好きにさせて欲しいものだわ」


「分かっているのならいい。これは両家公認の婚約だ。お前が今更じたばたしたところで何も変わらない」


「——ええ、そうね。私は貴方と運命を共にする」


「このクソの役にも立たない魔導具と一緒で、貧乏くじを引いた俺が根暗女を引き取ってやるんだ。もう少し感謝の気持ちを示して欲しいのだがなぁ〜」


 この間も何事も無かったかのように、私は黙々と作業を続ける。

 外野がいくら騒ぎ立てようが、私には一切関係ない、どうでもいいとばかりに軽くあしらっていると。

 それが癇に障ったのか、感情の起伏のない平坦な態度にライゼルは苛立ちを募らせて。


「このガラクタと同じだ——エリーゼ」


 彼はそう言って手に持った魔導具を地面に叩きつける。

 鈍い衝撃音と振動が室内に反響した後、辺りは静まり返って少しの間沈黙が訪れた。


「コイツは言っていた通りの機能を果たさなかった。お前もこの魔導具と同じだ。公爵家令嬢という肩書きによって後押しされ、今はたまたま魔導具研究が軌道に乗っているだけだ!」


 私は作業していた手を止め、一つ息を吐いて呼吸を整えた。

 勢いのまま調子付いたライゼルは、蔑むような視線で私を見下している光景が目に浮かぶ。

 最初は言いたいだけ言わせておいて、その場をやり過ごそうと思っていたのだけど。

 気のない返事ばかりで、対応するのはもう止めた。


「——そう。ご忠告痛み入るわ。それと魔導具の感想には感謝いたします」


 顔色一つ変えず、淡々とそれこそ機械のように言葉を並び立てる。

 そして私は重い腰を上げ、真っ向から平然と言い放った。


「用件がお済みならさっさと帰っていただけるかしら?」


「——なッ!!!」


 ぞんざいな扱いを受け、ライゼルは顔を歪める。

 それはもう、彼のこめかみに青筋が浮き出そうなくらいに。

 あからさまに面倒な者をあしらうような私の態度を前に、ライゼルの怒りは有頂天に達していた。


「ああそうかよっ! だったらいつまでもそうして、くだらない夢を追いかけてろよっ!」


 捨て台詞を吐いて、ライゼルは研究室を足早に去っていった。


 やれやれ、と今度は先ほどよりももっと大きなため息を吐いた。

 本当にとんだ婚約者もいたものだ。

 彼の相手は正直骨が折れる。ドッと疲れが三割増しになったような気分だ。


 私はあの人が放り投げた魔導具を大事に拾い上げた。

 特に故障等の問題は無さそう。

 まあ私たちが製作しているのだ、あれくらいで壊れられても困るという話ではあるが。

 傷や動作に支障が無いか確認した後。

 安堵もしくは彼に対する呆れからか、複雑な胸中で息を吐く。

 貴方はきっと後悔する。

 くだらないと吐き捨てたこの魔導具には、開発者の根強い意志が込められていることをライゼルは知らないのだから。




「いやぁー、全く上流階級の娘となると大変ですなぁ〜」


「貴女もその”上流階級の娘“にあたるのだけど——サラ」


 ライゼルとの嵐が過ぎ去るまで、別室に身を潜めていたサラが他人事のような物言いで姿を現した。


「全く無関係って話でもないでしょ。サラだって私と同じ令嬢なのだから、今後同じような目に遭わないとも限らないのだし」


 彼女も子爵の地位を有する上流階級の令嬢だ。

 まずは艶やかな長い黒髪に目が吸い寄せられる。

 私よりも背丈は小さいが、奥ゆかしい性格と幼い感じが相まって、可愛らしいの一言に尽きた。

 そんな彼女もいずれは私と同じように婚約——という話もあるだろう。

 魔導具研究の同士であり、大切な後輩でもあるサラには私と同じような目にはあって欲しくない。


「——あははは…………耳が痛い話。でもライゼルを見ているとよく分かります」


 同感とばかりに彼女は苦笑いを浮かべる。

 私に対しても大概だが、ライゼルの当たりが強いのはサラに対してもそうだ。

 同じ子爵の地位を有する者として、どうやら彼女を敵視しているようで、私と関わりを持っていることも気に食わないらしい。


「同じ子爵家として敵意剥き出しで、エリーゼ先輩とこうして作業していることも、ライゼルからすれば甘い汁を啜りたいだけの卑しい奴としか思われていないようですし——」


「——そんなことないわ! サラのおかげで私の魔導具研究は革新的に進歩した! だからそんな悲しいことは、言わないで…………」


「エリーゼ先輩……ありがとう、ございます……!」


 私は優しく宥めた。

 サラの不安を晴らしてあげるべく、それだけを想って——

 気を落とす彼女の頬に触れて、純真で透き通った瞳を一心に見つめる。

 初めは驚いたような表情を浮かべていたが、「せ、先輩ッ…………」と次第に顔を赤らめて恍惚とした表情で私を受け入れてくれていた。


「ゴホンッ! お取り込み中のところ悪いのだけれど——」


「——わぁッ!」


 ハッと我に返ったようで第三者の声を聞いた瞬間、サラは素っ頓狂な声を上げ咄嗟に後方へと距離を取った。

 そしてその場に残されたのは私の手だけ。

 その間、現実ではものの数秒。

 だが私に取ってはとても長い時間、空虚な思いに包まれながらも持て余していた手を仕舞うのだった。


「アンジュ所長。入る時はノックを——」


「何度もノックしたわよっ! 返事が無いから開けて見れば…………」


 とんだ現場に出くわしたと、気まずそうに頭を抱える女性の姿がそこにはあった。

 煌びやかな輝きを放つ銀色の髪が印象的な彼女は、私にとって魔導具研究の同士であり、上司であり、そして——

 アンジュは魔導具製作研究所——通称、魔導研を立ち上げた所長でもある。

 元々は自主的に行なっていた魔導具開発であったが、アンジュ所長からお声がけいただいて今では数十人規模の所員を束ねる一つの組織となっていた。

 汎用型の製作によって魔導具の世界がさらに広がりを見せて行ったのは、この人の尽力なしではあり得ない。


「——まあいいわ。今日は発表会の最終打ち合わせに来たのだから、仕事の話をしましょう。私もプライベートにまで干渉する気はないわ」


「その件ですが、こんな感じにしようかと——良い実験材料も得られましたので…………あれっ……?」


 一連の流れを説明する。

 しかし話をしている最中、私は気づいてしまった。

 二人の反応が薄く、あまり手応えが感じられないことに。


——えっ……この方法、ダメ…………?


 思ったよりも感触が悪い。

 二人の食いつきが悪く、どこか上の空のようにも感じる。

 計画のあまりの酷さに言葉が一切出て来ないのかと、不安を抱いていると。


「ほ、本当にこれでやるんですか!」


 驚きのあまり前のめりになって顔を近づけてくるサラ。


——やっぱりダメだよね。


 個人ではなく仲間と共に魔導具を作り上げている以上、私の一存で決められるものでも無い。

 これ以上ワガママを言うのは輪を乱す可能性だって——


「まあ、サラ落ち着きなさい。私としては発表そのものが成功するなら、全然好きにやってもらって構わないのだけど————しかしなぁ、エリーゼ……」


 一呼吸おいて、所長は深く悩み込むような仕草を見せる。

 周囲は静寂に包まれ場に緊張が走る中、不意に彼女はバッと顔を上げ。


「これは…………間違えなく話題性が生まれるわねッ!」


 ニヤリ、と所長は悪い笑みを浮かべていた。

 さすが仕事の出来る女。成功によっての見返りの大きさを瞬時に判断したようだ。


「所長はオッケーしちゃうんですか!? いえ、私も絶対反対って訳ではないのですが……」


 サラが口を挟んだ。

 だが真っ向から否定という訳では無さそう。

 発言に怒気がなくどこか自信無さげ、というより不安そうに見える。


「いえ、このやり方だと……場合によっては先輩に影響が及ぶ可能性も——」


 そうだったのね。

 サラは単に反対していたのではなく、家の名に傷がつくのを懸念して、私の身を案じてくれていただけだった。


「——ありがとうサラ。だけど、私は大丈夫よ」


 私にもし何かあったとしても、その時はその時だ。

 それに——

 ライゼルとの婚約を勝手に決めた両親に対しても、思うところが全くないって訳でも無いんだから。




 日を跨ぎ発表当日。

 今回のために貸し切られた大型会議場は、大勢の観客によってほぼ満席状態。

 様々な人々が集まっており、そのほとんどがそれなりの地位を有した権力者が多い。

 爵位持ちの者から王族に至るまで、重鎮と呼べるお偉いさんばかりで。

 今か今かと発表が始まるのを待ち侘びていた。


「さあさあさあ! 今回発表する魔導具はこちらとなります!」


 演出された薄暗い会場。

 開始と同時に照明を浴びて、私と紹介する魔導具が壇上に姿を現す。

 例の球体状の魔導具。

 場内からは歓声が上がり、参加者も盛り上がりを見せていた。


「映像の保存機能を有した“投影”魔導具です。まずはこちらをご覧下さい」


 そう促され壇上の銀幕へと一様に注視する。

 しかし一向に始まらない。

 冒頭から真っ黒なまま、様変わりしない映像に場内は沈黙が続いていた。


 そんな中でも音声だけは微かに聞こえている。

 高い音と低い音、一貫性がない音の中に時折笑い声のようなものも。

 人物と思しきその声が、何を話しているか内容までは聞き取れない。


「はーい、壊れているわけではありませんよー! なんとこちらの魔導具。自動補正機能が備え付いておりまして、対象者に合わせてくれるようになりまーす」


 ガタっと、映像内で小さな物音がした。

 すると魔導具の視界を塞いでいた衣類のようなものが落ちて、映像に光が差し始める。

 そして映し出されたのは二人寄り添って座る男女の姿。

 身体を密着させてどことなく距離が近く、ただならぬ親密さを窺わせる。


「——ライゼル様ぁ〜」


 不意に言い寄っていた女が、甘い声で男の耳元で囁いた。

 それに応えるかのように、彼女の身体を抱き寄せしたり顔で告げる。


「公爵になりさえすればこっちのもんさ。元から爵位だけ取り柄の女だ。一切の興味も無いよ」


「あらあら、悪いお顔をされてますわよ。エリーゼ様がかわいそっ!」


——よしよし! 掴みは上々!


 お二人の仲睦まじい姿が赤裸々に公開されてると同時に、“投影“は順調に作動していた。

 これまでにない革新的な魔導具のお披露目とあって、興味深そうに会場の人々の注目を引いていた。



「——ちょっ! ちょっと待てエリーゼ! なんだこれは! お、おい! やめ————ッ!」


 と、遠くの方で騒ぎ立てる輩がこの会場内に潜んでいたようだが、すかさず複数の警備員が不審者を取り押さえる。

 もごもごと口を塞がれてもまだ暴れ足りないのか、活きの良い魚みたいに足をバタバタさせていた。

 とても優秀な警備員だ。

 彼らには後で追加報酬を与えなければならないな、と感心させられつつも私はそのまま投影を続ける。


「いいんですの? 私にかまけていらしても?」


「どうせ魔導具にしか興味はない。俺たちがナニをしてようが、あいつが知る由は無いよ」


「ふふふっ……! なら存分に——!」


 その後も私を罵るような内容の会話が続き、良い雰囲気になりそうなそんな場面でプツンと映像を消した。

 えっ、と会場の観客たちに動揺が走る。


 ここで止めたことに他意はない——いや本当に、他意はナイよー。

 投影の性能はもう十分に見せたと判断して、映像を止めただけだヨー。


「この映像は魔導具に残されていた記録の一部。これより先の公開は今回は控えさせていただきます。もしかしたら皆様がご不快になられるような映像も記録されていたかもしれませんので——」


 場内からは不満の声が上がる。

 この声は果たしてどちらでしょうか?

 もっと魔導具の性能見たさから起こったものか、あるいはこの先の二人の展開を期待してのことか。

 それとも——

 いずれにせよここまで盛り上がっていただけているのに、こんなお預けみたいな終わり方は確かに面白みに欠けるというもの。

 なので出演者にご登場頂こう。



「あちらが先ほどご出演いただいた、私と婚約関係にあるにも関わらず、他の女とイチャコラしていた子爵のライゼル様です」


 観衆の注目は、未だ取り押さえられ床に突っ伏していたライゼルへと向けられる。

 紹介もそこそこに私が登壇を促すと、何とか抵抗して逃れようと必死だった。

 だが貧弱なライゼル一人では為す術なく、最終的には複数の警備員に引きずられながら、強制的に舞台へと上がらされる。


「よっ! お待ちしておりました! 色男っ!」


 私は力強い拍手で出迎える。

 すると観客たちも待っていました、と言わんばかりの大喝采。

 ライゼルに降り注ぐのは黄色い歓声という名の怒号。

 同じ人間の目とは思えないほど、無慈悲で(クズ)を見るような冷ややか視線。

 様々な感情も、全てはライゼルに注がれる中。

 映像の張本人の登場とあって、会場の熱は最高潮に達していた。



 無気力のまま、とぼとぼと歩みを進める。

 不安定な足取り、立っているのもやっとの状態で私と相対していた。

 瀕死寸前。おぼつかない状態で徐に口を開き始める。


「そ、その魔導具……失敗作じゃなかったのか……?」


「覚えていらっしゃいましたか。そうです、貴方があの場で地面に叩きつけた、あの魔導具です」


「でも催淫効果のある魔導具って————実際は全く使えなかったぞ!? あの後何事も無く解散したんだから」


——チッ、バラさないでよ。


 本当に何も無かったから、あたかも何かあったかのように映像を止めたのに。

 実際、ライゼルの言うような催淫効果のある魔導具が完成したとしても、貴方にだけは絶対渡したら駄目だということだけはよく分かった。


「貴方がバカにした魔導具で、打ちのめされた感想はいかがです?」


「——俺を…………騙していたんだな?」


「はい! 元から催淫効果なんてありません! 実際の用途はご覧の通り——」


 絶望、悲壮感に満ちたライゼルの顔が銀幕に中継される。

 全て事実を基に嘘偽りの無い、臨場感の溢れる映像の数々。

 魔導具の完成度の高さも含め、世に知らしめることが出来た。


「自ら身体を張って醜態を晒していただけるとは、ライゼル様には誠に感謝致しますわ!」


「——このッ! うっ…………!」


「あらあらぁ〜、淑女に手を挙げようとするなんて、いけませんわっ!」


 血走った目つきで、私の方へと真っ先に迫り来る。

 だが彼は不意に、身体をピタッと静止させた。

 まるで外圧に屈するように。


 ここにいるのは私がこれまで作った魔導具に魅了され、会場にまで訪れる熱心な信者だ。

 その信者が崇拝する開発者が貶められようものなら、当然のごとく非難轟々。

 彼らから放たれた重圧は波の人間には振り払えない、一種の呪いとなってライゼルに降りかかっているのだろう————あぁ、怖い。


「やり方が陰湿過ぎるだろッ! 何もここまでやらなくたって……!」


 首根っこを掴まれた猫みたいに、泣き言を漏らすライゼル。

 何を今更。

 あの時、面と向かってそう言った以上、私がどういう人間か分かっていると思っていたのだけど。

 突発的に出た言葉だったのかもしれない、なら今度は私から言って分からせてあげる。


「存じ上げませんでしたか? だって私——貴方がおっしゃるような“根暗女”なんですもの」


 絶望に身を染め青ざめた様相で、ライゼルは膝からガクッと崩れ落ちる。

 そして私は仕上げとばかりに。

 この新作魔導具発表会という舞台において、大々的にそして一方的に。

 この国の要人、多数の主要な人物が集まる中で——

 ライゼルとの婚約を破棄する旨を公にするのだった。




 発表会の翌日。

 私とサラの二人きりの研究室で、昨日の出来事を思いながら談笑していた。

 発表会そのものは無事成功。そしてそれとは別にライゼルとの婚約を破棄するという、もう一つの目的も達成していた。

 まさに既成事実の成せる技。

 あの状況において、”ライゼルとの婚約を破棄する“、それに異議を唱える者は誰一人いなかった。

 立場を無くしたライゼルは今現在どうしているのやら。


「——それはそうと、先輩は根暗じゃないですよね? 感情豊かですし、特定の人に当たりがキツイだけで」


「元々、ライゼルは私の性格について言ったわけでは無さそうだけど。恐らく一つの分野にのみにしか興味を示さず、その他に無関心なところを——」


 そう言った部分を彼は“根暗”と表現した。

 確かに研究者として自室に篭ることも多いので、印象としては暗いと思われても致し方ないとは思うが。

 まあでも、今回の一件で身につまされて感じた。

 自分でも中々良い性格してると——


「でも先輩も結構大人気ないですね。あの場で非公開の魔導具を使うなんて——」


「あらっ、サラは気づいてた?」


 壇上でライゼルに襲い掛かられそうになった際、こっそりとね。

 魔法分野において他種族よりも遅れを取る人間にとっては、どんな魔法であれ対処のしようは無い。

 よって動きを停止させて、制圧するのも容易いものだ。


「あの魔導具はいつか公表する予定で?」


「うーん、今のところ無いかなぁ〜、国家を揺るがしかねない代物で危なっかしいし、悪用される危険性だってある。発表するにしても改良する必要はあるかな。それに——」


 せっかく開発した唯一無二の固有魔導具(オリジナル)なのだ。

 許される範囲でなら——ね?


「もう少し、私一人で楽しみたいっ!」


「ちょっ! 先輩!? 待ちなさい! 先輩が悪用してどうするんですか!」


 ちゃめっ気たっぷりに研究室を後にし、実験に協力してくれる人を探し求め、白衣をなびかせ校内を駆けていく。

 背後には私の暴走を止めるべく、サラが急速に接近中。

 最後まで私は奮闘するも、彼女の魔法をも上回る運動能力には敵わずに毎度のように取っ捕まる。

 傍若無人にサラを振り回す、でもこれが私にとってはいつもの日常だった。

 このかけがえのない日々は、もうしばらく続いていきそうだ。



 ちなみに開発した“投影”の魔導具については、発表の甲斐あって後に婚約者の不貞調査で重宝されるようになった。

 今や売れ筋の魔導具の一つとなって、所長の顔もホクホクだったとさ。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

やはり魔法はロマンであり夢!



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