第5話 セーラー服は電車に乗る⑤
放課後。特にする事もないので帰ろうと下駄箱に向かう。その途中で廊下に溜まっている女子のカバンと僕の肩がぶつかる。ぶつかると言っても、僕がわざと当たった訳じゃない。6,7人の女子グループは廊下の半分以上の幅を占領していて邪魔だった。その上、僕が通ろうとした瞬間に周りを見ていない1人の女子が後ろに下がってきて僕に当たったのだ。
「は?ちょっとあんたさぁ…ぶつかったんだけど?謝れよ。私の『CHANEL』バックが汚れるんですけど?」
出た。嫌いな奴にぶつかったらその物、人が汚れる理論。そんなわけ無いし、そうだとしたのなら僕は今から彼女を抱きしめる事が最大の嫌がらせなのだが、法に触れそうなので辞めておく。
「貴方が周りを見ないで後ろに下がったからぶつかっただけだ。鞄も嫌なら洗えばいいだろ」
「は?何言ってんのこいつ。あんたみたいな陰キャが私達に歯向かえると思ってんの?」
後ろに居る取り巻きもその言葉にくすくすと笑っている。
学校はおかしい。同じ歳、同じ人間なのに小さいコミュニティで上と下を作る。「陽キャ」と「陰キャ」。クラスカーストで人の価値が決まると思っている。所詮学校の中の話だ。大人はそう言うだろう。
しかし、大人へと成長していく学生のうちに植え付けられた自分の立場、価値は、柔らかいコンクリの上に物を落とされた様に跡が残る。そのまま固まってその跡が埋まる事はない。それを理解していないと一生跡が残り続けてしまう。
彼女はコンクリに物を落とす側だ。少し話し上手、少し顔がいい彼女の様な少し人間が桜木さん様に人を虐めるのだろう。
「おい!なんか言えよ。あ、何も言えないかwこんな奴はwウケるww」
「キャンキャンうるさいな。生理か?あと、その鞄。『CHANEL』じゃねぇよ?スペルが違ってる。ネットに流れてる偽物だな。まぁじウケる」
「なっ!」
しかし、陽キャにも2種類居る。陽キャと陽キャ風な奴だ。それを見分けられたら、陰キャも立場が逆転する。足早にその場を立ち去り、階段を駆け降りる。周りにいる生徒の失笑と彼女の子供の様な怒る声が聞こえて来るだけで勝ち誇った気持ちになり、気分良く帰れる。
ポケットからスマホを取り出し、ワイヤレスイヤホンをつなげていると、絢香から「今晩の食材を買ってきて欲しい」とLINEが入る。音楽を選択してポケットにスマホを入れる。
電車に乗って30分。駅と隣接するショッピングモールに訪れた。スーパーや雑貨に洋服、映画。結構何でも入っている。スーパーで野菜や調味料を買っていく。
お菓子コーナーを横切る時に、不意に昔のことを思い出す。お菓子コーナーでお菓子を選んでくれた姉。手を握りしめてお菓子コーナーを歩く。そこに母さんが迎えに来る。小学生の時の思い出。そんなどこにでもいる家族は、もう居ない。
買い物が終わって目の前にカフェが目に入る。アイスコーヒーでも買って帰ろうと思い、店の入り口に近づく。あと一歩で店に入る時に、スマホから着信音が鳴り、立ち止まる。その瞬間に「ピピっ!」と音が鳴る。店の入り口にある体温計が鳴った。入ってないのに。でも、目の前には誰にも居ない、僕ただ1人。辺りを見回す。人は居ない…けど、宙に浮くミサンガはあった。
「さ、桜木さん?」
「………」
「居るんでしょ?」
「…ちっ」
舌打ちだけが聞こえる。桜木さんだ。本当に見つかるとは思ってなかった。そこで昼休みの井上の言葉を思い出す。サーモグラフィー。コロナ禍でどの店でも体温計が置かれている。落ち着いた中でも置いてある店は多い。身近にあった。明日井上にお礼をしよう。
コーヒーと抹茶フラペチーノを買って外のベンチに腰掛ける。フラペチーノは、注文するときに桜木さんが小さな声で「…抹茶フラペチーノ。クリーム多めね」と教えてくれた。見えない癖に注文が多い。
人目につきにくいショッピングモール裏のベンチに腰掛け、買ってきた飲み物を飲みながら話す。
「で?桜木さんは何をしてたの?」
「そ、それは…」
「いつから後をつけてたんですか?」
「ここに着いた時から…」
「声を掛けてくれれば良いのに」
「そ、そんな事できないわよ!」
「勝手に出て行ったからですか?」
「………」
2人の会話はそこで途切れてしまった。僕の家を出たは良いものの、思った以上に透明人間である事に不便を感じて困っていたんだろう。そこで丁度僕のことを見つけたが、頼らなかった。頼れなかった。桜木さんの事は知らないけど、さっきの礼儀とかそんなものが感じられない陽キャ女子とは違う。そう感じる。
「まあ、電車に乗って帰ろうよ桜木さん。」