第4話 セーラー服は電車に乗る④
徒歩で23分の所に僕の通う学校はある。北中高校は静かな住宅街に囲まれた学校だ。校門につながるY字の道は駅から通う生徒が合流し、朝の通学路はさらに騒がしくなる。人混みの中、後ろから馴染みのある声が僕の名前を呼ぶ。
「おっすコーノスケ。おはよう」
「朝からキラキラしやがって。おはよう」
僕の友達の小野寺太陽。彼は紛う事なきイケメンだ。サッカー部のエースで彼女もいる、ラブコメの主人公みてぇな奴だ。そんな太陽とは高一からの仲で、今や僕の数少ない友達の1人だ。
「ただ挨拶しただけなのにひでぇな。なんだよ、暗い顔しやがって」
「僕は元々暗い奴さ」
「今日は特にすげーな。なんかあったのか?」
太陽に背中ををぼんと叩かれ、僕は少しよろめく。
「いや、女の子と一つ屋根の下って色々大変だなって思って」
「え?お前が?デリヘル?」
「イケメンだからって調子乗んなよ?」
今朝、起きるとベットには何も無かった。桜木さんの姿が何処にも見当たらない。ベットの端に置き手紙だけ置かれており、「泊めてくれてありがとう。さようなら」と淡白に書かれていた。
何か気に触ることでもしただろうか。なんか地雷でも踏んじゃったかな。そんな考えが朝から無限に頭の上を駆け回る。
「何があったかは知らねーけど、まぁ元気出せよ。相談くらいならなってやるよ」
「…じゃあ、同じ学年の桜木宮佳って知ってる?」
様子を伺うように太陽に聞いてみる。人気者の太陽なら詳しいことを知っているかもしれない。
「あ〜あの、モデルやってる人だろ?チョー美人だよな」
「やっぱそうなの?」
「なんだ、見たことないのか?」
確か去年の夏休み後に転校してきて、桜木さんを一目見ようとクラスに人が群がっていたが僕は興味が無くて見に行かなかった。そんなに美人なら見に行けばよかったな。
「でも、結構ひどい嫌がらせされて今は来てないけどな」
「具体的には?」
「うーん…小声で話すから耳近づけろ」
そんなに言えない事なのか?
疑問に思いながらも、どんな虐めをされたのか知っておく事は、願いを消すだめに重要な事だ。
太陽に従い、耳を近づける。
「…なんでも、水着の写真集を裸のコラ画像にさせられて、それをばら撒かれたとか」
「…酷い事する奴もいるもんだな」
「だよなー。ここまで来ると胸糞悪いよな」
モデルとして活動する以上、そう言った輩は必ず出てくる。しかし、やっても良い理由にはならない。
桜木さんもプライドを持って仕事に臨んでいた筈だ。そんな行為が許されて良いはずがない。当時、大分大きな問題になった理由がよくわかる。
「しかし、お前が女の子に興味を持つとはな…やっぱり」
「違えよ?」
どうせ風俗か?とか言うつもりだろ。三年間の仲だ。言いたい事も読めてくる。
そんな話をしながら校門を通り、下駄箱に靴をしまって教室へと向かう。
窓側の1番後ろの席。アニメや漫画ではこの席を主人公席と言う。そんな素敵な席に座ってもやる事もないので、「今頃桜木さんは何してるんだろう」と窓を眺めながらぼーっと考える。
○ ○ ○
「なぁ、井上。透明人間っていると思うか?」
「遂におかしくなったんすね。早退して精神科行ったらどうっすか?」
この鋭すぎる返しをする後輩は井上友喜。オカルト部(仮)の部長をしている後輩だ。ちなみに部員は部長の彼女しか居ない。
元々物置として使われていた細長い部屋を部室にしていて、使われなくなったふかふかのソファや、生徒から没収してそのままになった漫画などがあり結構居心地がいい。
いつも昼食は屋上で食べるかこの部室で食べている。あまり歓迎はされてない。
「…そうだな。早退でもするか」
「本気で行く気ですか?ここからだとちょっと遠いっすよ?」
「そんな事より、透明人間だよ。居るとか居ないとかそんなオカルト無いのか?透明人間が見えるようになる方法とか」
井上はウインナーを齧りながら、こちらに嫌悪する視線を向ける。そして一冊の本を取り出して話し始める。
「透明人間は映画とかSF小説に出てくるフィクションっす。そもそも透明なんだからオカルト雑誌に載る事ないでしょ」
確かに。桜木さんは目視できない。感触はあるが、体が見えない。彼女の肌を見ようとしても向こうの景色が見えるだけだ。そんな姿を桜木さんは望んでいる。
しかし、そろそろ時間が無いばずだ。願いは段々と強くなる。そのうち感触も無くなって、声も聞こえなくなって、桜木宮佳と言う存在も消えてしまう。早く見つけ出したいところなんだが、透明人間を見つけるなんてどうすれば良いんだ。
「まあ、強いて言うならサーモグラフィーでも使って体温で割り出すって言う手もあるっすけど、これは現実的では無いっすね。サーモグラフィーなんて持ってないし。てか、見つけられたら大発見っすけどね」
オカルト好きの井上なら何かいい案があるかもしれないと思ったんだが…あまり収穫は無さそうだ。
時間は残されていない。少しの焦りと心配を弁当と一緒に飲み込む。