第2話 セーラー服は電車に乗る②
身を隠そうと、咄嗟に彼女のミサンガを掴む。透明で見えないが、そこには確かに彼女の腕がある。柔らかい肌の感触、人肌の温もりが彼女の存在を感じさせる。手を引っ張り彼女を強引に動かす。
彼女と共に小さな小屋の様になっているホームの休憩所に入る。
「ここなら見られない。…そう言えば電車はどうやって乗ってたんだ?僕が見た時には誰も乗ってなかったはずだし、その姿なら見逃すはずが無い」
「………だったのよ。」
「え?何?声小さくて聞こえないよ」
「〜っ!!裸だったのよ!セーラー服も下着も全部脱いでたの!悪い!?」
彼女の言葉に、僕は一つの考えが頭をよぎる。つまり、さっきまで僕は全裸の同級生と電子に乗っていたという事になる。しかも、隣の車両。
そんな事を考えていると、右脇腹に激しい鈍痛が走る。見えない拳が僕の呼吸を一瞬止めた。
「ぐっふ!!ナイス右フック………」
「あら、ありがとう。次は顔面にストレート決めてあげようかな?」
「…もう大丈夫です」
「変な妄想してんじゃないわよ」
なんだ?エスパーも持ってるのか?
お腹を押さえながら立ち上がり、さっきの話しの続きをする。
「…ふぅ、じゃあ桜木さん。服脱いで」
「何?もう人生辞めたいって事?」
「殺さないでください。このままじゃどこにも行けない。見えてないんだから良いでしょ。さっきまで裸だったんだし」
「…くっ!じゃ、じゃあちょっと出てって」
「どうして?」
「透明でも恥ずかしいの!!良いから出てけ!」
これ以上は身の危険を感じた為、大人しく休憩所の外へと移動した。
中で同級生が。しかも、モデルが着替えていると思うと少し興奮する。
休憩所の扉が開き、彼女が出てくる。しかし、そこには何も居ない。まるで、バックが宙に浮かんでいる様にしか見えない。
「はい、このバックも私が持ってたら怪しまれるわ、あなたが持ってて。」
「それは良いけど、これじゃ桜木さんがどこにいるのか、全くわからない。せめて存在を感じ取れる物を身につけて欲しいな」
「うーん…確かにそうね。じゃあ」
何か閃いたように、彼女は僕の持っているバックからミサンガを取り出す。
「これを私が腕につけるから、あなたは小指に引っかかる。これで存在を感じながら移動出来るでしょ?」
「これじゃあ僕が、ミサンガの使い方知らないみたいじゃないですか。」
「良いでしょそのくらい!誰もそんな所見てないわよ!良いから行くわよ!」
街灯が照らす薄暗い夜道を1人ともう1人が歩いていく。
ようやく彼女も状況を理解してきたのか、落ち着いた口調で話しかけてくる。
「ねぇ、私はこれから一体どうなるの?」
「わからない」
「え?!あなたさっき他にも願いを消して来たって」
「人の願いが、どんな願いでどんな叶い方をするのかは、それは僕にもわからない。人それぞれなんだ。でも…」
「でも…?」
「叶った願いは段々と強くなっていく。桜木さんも、そのうちこの世から完全に消えて無くなる。なんてこともあり得る」
「………」
また2人の会話は途切れてしまう。
2人の足音が夜道に響く。4月とは言え裸足でアスファルトの上を歩くのは寒いだろう。それに昨日から願いが叶い始めているなら時間はあまり無い。
「ね、ねぇ。願いはどうやって消すの?」
「あ、それを説明してなかった。願いを消す方法は、叶った願いが必要じゃなくなれば良い。別の願いができたり、願いに満足出来なくなった状態で同じ電車に乗って眠れば願いは消える」
「願いが必要じゃなくなる………ね」
2人にまた静寂が訪れる。
駅から15分ほど歩いて、僕の自宅にやって来た。表札には「船橋」と書いてある。
ドアに鍵を刺して回し…
「ちょっと待ったぁぁあー!!」
「どうしたの?そんな大声出したらバレちゃうよ?」
「なんでそんな平気な顔してるのよ!?ここ貴方の家でしょ!?さっき出会ったばかりの女子高生を自宅に連れ込むの!?しかも裸よ!?」
「じゃあどこ行くの?ホテル?」
「あんた今度はストレートじゃ済まさないわよ?」
「冗談です、冗談。でも、桜木さんも家に帰れないんじゃない?」
「………」
言わなくてもわかる。帰れる場所があるならとっくに帰っているはずだ。それに、こんな時間に電車なんて乗らないはず。
「わかったわよ、今日はここに泊まる。でも!変な事しないでよね!」
「顔も見れないのにするわけないじゃないだろ?」
「顔見えてたらするんだ……」
なんとか彼女を説得して家の中に入り、玄関でセーラー服を着てもらう。勿論、僕は外で待たされる。
着終わった事を確認して家の中に入ると、リビングにつながるドアが勢いよく開けられる。
「こう君!やっと帰ってき…た……」
「あ、あの…お邪魔します?」
「きゃーーー!!!お、お化けー!!」
バタンっとドアを閉めてリビングに戻ってしまう。
「こ、怖がらせてしまったかしら…」
「まぁ、後で説明しとくよ。とりあえず僕の部屋に行きましょう」
階段を登り、2階の自室に入る。部屋の中は、ベットと勉強机と本棚。あとはクッションと小さいテーブルがあるだけのシンプルな部屋だ。
桜木さんはベットに腰掛ける。見えていないのにベットが軋み、丁度座った部分だけシーツが寄れる。何度見ても不思議な光景だった。
「さて、願いの事はなんとなく話しましたけど、正直まだ信じられてない。そうでしょ?」
「ま、まあね。まだ実感は湧かないわ」
「じゃあ、これを見てください。願いが叶った人がどうなるのか。見て貰っ方が早いですから」
そう言って僕はスマホの画面を見せる。
そこには1人の女性が映っていた。身長が高くて、顔が整っている大人の女性。どこか、光ノ介に似た顔をしている。
「これ、僕の姉の船橋絢香です。20歳です」
「そ、そう。…で?なんの紹介?3人兄弟ってことを伝えたいの?」
「……桜木さんには、さっきの子が妹に見えたの?」
「え?そりゃそうよ。小さくて、可愛い妹さ」
「あれは、姉の絢香なんだ」
「…は?ど、どう言う事?」
船橋絢香は一年前、幼馴染だった男の子に告白をした。しかし、結果はフラれてしまった。理由は『好きだったのは昔の絢香だから』だそうだ。
その言葉に酷く傷ついた姉は、友達に夜遅くまで励まして貰ったらしい。その帰り道で乗った電車が例の願いが叶う電車だった。
心配になった僕と父さんは駅まで姉を探しに行った。しかし、そこに居たのは12歳の姿をした姉だった。
12歳の姉には20歳の時の記憶が無かった。その上、記憶力も曖昧で僕の事は覚えているが、僕の姉である事は覚えていなかった。父との関係も、好きだった彼との関係も忘れてしまっていた。
「これが、願いが叶った人の末路です。今は、好きになった人のことを、忘れているので願いは進行していません。でも、これが願いがを消したい理由です」
「………」
彼女は言葉を失っていた。顔も見れないし、口も見えないが、彼女が、自身のことについて考えている事は伝わった。