第1話 セーラー服は電車に乗る
深夜23:59。車両の中には僕1人しかいない。
ガタンッゴトンッと、電車がレールの上を通る時に鳴る音以外何も聞こえない。まるで、この世界には僕以外の人間は消え去ったのかと思う程に静かだ。
00:00。七光台駅に到着する。プシューっと音を立ててドアが開く。今日も何事もなく家に帰れると思った。電車の外を出るまでは。
駅のホームに出ると、そこにはセーラー服が居た。
決して僕の頭がおかしくなったのでは無い。セーラー服が居ると言うより、透明人間がセーラー服を着ている。と表現した方が、わかりやすいかも知れない。
セーラー服を着た透明人間。本人は認識できなくて、その人が着ているセーラー服だけ見えている状態。その証拠に、地面には人の形をした影が映し出されている。その上、女性だ。何故かと言うと、セーラー服の上からでも分かる胸の膨らみが……。
「ちょっとどこ見てんのよ」
それが透明人間の、彼女の一言目だった。
○ ○ ○
「えぇー。まずは自己紹介ですかね。北中高校の3年生。船橋光ノ介と言います。あなたのお名前は?透明人間さん。」
彼女と駅のホームにあるベンチに腰掛ける。顔も…いや、頭見えない。腕も、足も、彼女の肉体は全て見えない。見えるのは、セーラー服や手首の位置に浮いているミサンガ。靴下やロファー。そしてセーラー服の中に見えるブラジャーのみだ。
「やっぱり、あなた私の胸ばっかり見てるでしょ?」
「いいえ?本当に体が見えないなーっと思ってただけです」
「本当?それに、なんでこんな…透明人間を信じるの?皆んなにもセーラー服だけは見えてるみたいだけど。あなたは?なんでそんなに落ち着いてるの?」
「少し落ち着いて。まずは、名前教えてくださいよ」
「………そうね。私は、桜木宮佳。あなたと同じ高校なんだけど。知ってる?」
「桜木?もしかして、モデルの?」
桜木宮佳。僕の高校ではちょっとした有名人。モデル活動をしていて、超絶美人なんだとか。僕は興味がなくて、顔を見た事がないけど。
そして、最近は別の事でも有名だ。彼女のモデル活動をよく思わない人達が彼女を虐めているとか。その内容までは知らないが、そのせいで、彼女は不登校になった。その事が校内でも、少し問題にはなった。
しかし、その彼女が透明人間とは聞いた事がない。と言う事はただ一つ。
「じゃあ、これからは桜木さんで。桜木さんはいつから透明になったの?」
「………完全に透明になったのは今日。昨日は少し…薄いって感じ?体がカーテンみたいに、若干透けてるような」
「じゃあ、一昨日。この駅に、それも0時に到着するこの電車に乗ったよね。それも、駅に着く時は寝てしまっていた」
「え、ええ。そうだけど、なんでそんな事がわかるの?気持ち悪いんだけど」
やっぱり。この電車の事、さらに居眠りをするとどうなるのかを知らない。
ここ数ヶ月はなんともなかったんだけどな。そう心で面倒くさがりながらも、彼女に真実を伝える。
「よく聞いてほしい。この七光台駅に0時ピッタリで着く電車に乗って居眠りをすると、寝ている人の願いが叶ってしまうんだ。その願いが強ければ強い程、その願いは叶いやすい。僕はこれまでに、数人の願いを消してきた。桜木さんも僕の言う通りにすれば、願いが消え」
「ちょっ!ちょっと待ってくれる?え?願いが叶う?何を言ってるの?」
「だいぶ不思議な事を言っているのは分かってる。でも、桜木さんの体は、実際に願いが叶った結果だよ」
「透明人間になったのは……私が望んだから?」
彼女は混乱している口調だった。無理もない。実際、自分の体が透明になるなんて考えないし、飲み込むのに時間がかかるのは理解している。僕もそうだったのだから。
「えぇっと?私は、一昨日に電車で居眠りをしてから、体が透明になって。船橋君は、今までに願いが叶った人を知っていて、その願いを消してきたって事?」
「その通り。だから、桜木さんも願いを消そう」
「そ、それが理解出来ないのよ。なんで願いを消すの?叶ったんだからそのままでも良いじゃない。」
「それは、自分にも言えるの?」
「………ええ、言えるわ。私はこの世から消えたかったの」
「……もうちょっと詳しく…」
ガタンッ!!
背後から大きな音が鳴り、2人はビクッと跳ね上がる。駅の線路の柵の向こう。酔っ払いが道で倒れるように寝ている。こちらには気がついていないようだった。しかし、彼女の姿はあまりにも目立つ。場所を変えなければ。
「桜木さん。こっち来て」
「え、ええ」
ここから、セーラー服だけの先輩、桜木宮佳の願いを消す物語が始まる。