第7話 王族二人の優しさ
「なぁんの実績もないくせに上から目線。しかも私たち王族に対して敬意も示さないのだから、排除したくなるのは当然でしょう? 結婚生活も最悪だったわ。勿論、白い結婚だったのはいうまでもないけどね」
「クライド殿下はケイティ王女様がわざとそのように振る舞っている、と仰っていましたが」
「まぁね。だから文句をいう資格はないのだけれど」
「……その理由を尋ねても?」
あの時、クライド殿下には誤魔化されてしまったが、やはり気になった。
「私はね、ヘイゼル。本当は結婚などしたくなかったの。離宮でひっそりと魔導具を作って、時々やってくる人たちを驚かしたり、売ったりしながら、静かに暮らしたい。だからヘイゼルの気持ちが分かるというか、協力したかったの」
「……それは、私に格好つけただけで、お兄様に嫌がらせをしたかっただけではありませんか? あと、静かに暮らせないと思いますが」
「何故?」
「ケイティ王女様の魔導具の噂は兼ね兼ね聞いているからです。お兄様が結婚を承諾したのも、それを狙ってのことだと思っていましたので」
いくら国王様の命令でも、利益にならない王女様を娶ることはしないのが兄である。まぁお飾りでもいい、という考えもまた、否定できないけれど。
「だからといって、何の魔導具かも知らずに受け取るのがバカなのよ。案の定、意のままに転落していったわ」
「……ありがとうございます。私の代わりに復讐していただき」
「本来なら、貴女にそれを見せてあげたかったわ。けれど止められたの。貴女には綺麗なものだけを見せたいからって」
「ケイティ王女様!」
後から聞こえてきた声に、顔が熱くなった。
「あと、クライド兄様もよ。自分の我が儘に付き合ってもらったからって」
「……そうですか」
「だから、ヘイゼルにもこれを」
そうして鞄から出されたのは、小さな鐘だった。チリンと綺麗な音色を奏でる。
「何でしょうか。これと同じものを見たことがあるような気がするのですが……」
「これはね、願いを引き寄せる鐘なの。一人では叶わなくても、二人なら? 三人ならどうかしら?」
「叶うかも……しれませんね」
「でしょう? だから、クライド兄様にも渡したの」
「あっ」
そうだ。この鐘は、一年前のパーティーで見かけたものだった。確かあの時も、クライド殿下はこの鐘を鳴らしていた。
チリン。チリン。
「この鐘で私とヘイゼルの望みは叶った。今度はクライド兄様の願いを叶えて差し上げましょう?」
「はい」
ケイティ王女様は自由を。私は好きな人と過ごせる未来を手に入れた。クライド殿下の願いを叶えるために私たちができることは何だろうか。
***
それは案外、悩む必要はなかった。
「おめでとうございます、ファンドーリナ公爵様」
ケイティ王女様のおっしゃる通り、私は空席になったファンドーリナ公爵を国王様から賜った。今日はその祝いのパーティーなのである。
「まぁ、その青いドレスはメル・ネバヨマウルの新作ですか? レースが肩から斜めに、まるで体を巻きつけるようなドレスは、エレガントで細めの公爵様にとてもお似合いですわ。それにこれは真珠ではありませんか。なんて素敵なのかしら」
王太子、クライド殿下の婚約者にして、ファンドーリナ公爵まで得たことで、まわりはこれでもかというほど褒め称えてくる。
婚外子であり、メイドの子だと蔑まれたこのファンドーリナ公爵邸で、男女関係なく私に取り入ろうと必死だった。
それはあまりにも滑稽だが、更なる展開が待ち受けていることを、目の前の令嬢は知らない。しかし貴族令嬢というものは目敏いもので、指摘せざるを得なかったのだろう。
いくら、お近づきになりたい相手であっても。
「ファンドーリナ公爵様。今日は折角の祝いの席だというのに、婚約者であるクライド王太子殿下はどうしたのでしょうか」
「エスコートをしてもらえなかったのには、何か理由でもあるのか、とお聞きしたいようですね」
「いえ、私は……」
「構いませんよ。貴女が気にするように、私もクライド殿下の真意を測りかねていますから。特に最近は、疎遠になっていますもの」
しおらしく演じて見せると、案の定、目の前の令嬢は悲しい眼差しを向けてくれる。それは聞き耳を立てていた者たちも同じだった。
ふふふっ。そろそろいい頃合いなのではないかしら。
私は後ろに控えているデニス様に、合図を送った。するとしばらくして、入口付近から歓声が、いやざわめき声が聞こえてきた。
「クライド・ルク・セルモア王太子殿下並びにミランダ・ロブレード嬢のお越しです!」
高らかに宣言されて、さらに会場内の声が、ざわめきから驚きへと変わる。そして私に注がれる視線は、哀れみと戸惑いの色ばかり。けれど私は気にならなかった。
何故なら、これから起こることは想定内の出来事であり、またファンドーリナ公爵となった私が、初めて担う大仕事だったからだ。




