07 女友達
◇
生物部は休暇中、2人1組で飼育動物の世話をする。ディアは毎日の当番を引き受け、連日登校した。
「本当にいいんですの?私達は嬉しいけれど…」
今日のもう一方の当番であるカリス嬢はすまなさそうに訊いた。
「うん。暇だから」
本当はローエンに会いたいだけだ。2人は作業着に着替えて鶏小屋に行くと、掃除や採卵、餌やりをした。
「不思議ねぇ。ディアナ様を見ると、鶏がみんな大人しくなるわ」
「そう?」
その他の動物の世話を終え、カリス嬢とがらんとした食堂で紅茶を飲んだ。すると彼女はおずおずと訊いてきた。
「お聞きしてもいいかしら。ディアナ様はどうして生物部へ?」
カリス嬢は牧場を営む一族の娘だそうだ。ローエンが家畜の品種改良の研究をしているので、その指導を受けるために入部したと言う。生物部員のほとんどはそうらしい。
「まさか、トリアス公爵家も牧畜業を始めるの?」
妙な心配をしている。ディアは否定した。
「違う。ロ…クリティシャス先生が顧問だから」
巨大資本の参入が無いと分かり、ホッとした様子だった。そして目を輝かせて顔を近づけてきた。
「もしかして、ディアナ様は先生が好きなの?」
隠すこともないので正直に答えた。
「うん。好き」
「やっぱり!いつ出会ったの?」
どうせ信じないだろうが。ディアは昔の話をした。
◆
アノマ・カリス嬢は美しくも悲しい話に聞き入った。前世のディアナ様は先生に育てられ、愛された。「主人」だと言っていたから、きっと正妻ではなかったのだろう。
「殻を破って、初めて見たのがローエンだった。だから好きになった」
身分という殻があったのね。それを先生は破った。
「いつも一緒だった。毎晩、四姉妹は彼のベッドで寝た」
しかも姉妹で仕えていた。妾が4人。凄い。
「私たちはローエンの為に戦った。でも最期は彼の留守に殺された。味方に撃たれて」
女戦士でもあったディアナ様は、戦場に散った。さぞ悔しかっただろう。せめて愛する人の腕の中で死にたかったと思う。カリス嬢は滂沱の涙を流して叫んだ。
「今生では、きっと添い遂げられませ!応援しますわ!」
「ありがとう」
ディアナ様はお美しい微笑を浮かべた。生まれ変わっても巡り合うなんて、素敵過ぎる。
◇
ディアはカリス嬢と別れて生物研究室に行った。ローエンは手紙を読んでいた。仕事机の上に赤い封蝋が押された封筒が置いてある。
「ごきげんよう。先生」
「ごきげんよう。トリアス嬢」
そろそろ名前で呼んでほしいものだ。挨拶をして弁当を応接机に置くと、彼女は茶の支度を始めた。さりげなく棚のウィスキー瓶を見たが減っていない。あと一息だ。
「先生、お昼」
声をかけるとローエンは手紙を仕舞って、ソファに座った。2人は黙々と薬膳弁当を食べた。何となく元気が無いように見えたので、ディアは明るい話題を提供した。
「今日の当番はカリス嬢だった。多分、友達になったと思う」
「それは良かったね」
「はい」
一瞬で終わってしまう。他の話題を探していると、ローエンから話しかけてきた。
「お弁当、美味しかったよ。ありがとう。でも、そろそろ友達と食べたら?」
もう付きまとう男子生徒や、絡んでくる女子生徒もいないし。貴族は社交も大事だろう。条件の良い婚約者も探さないと。ご両親もそれを望んでるんじゃないか…色々言うが、要はディアのチューターを辞めたいのだ。
「部活でも会えるし、質問があればいつでも来なさい」
「…」
やはりこの体はローエンの好みじゃなかった。腕は細いし足も逞しくない。酒を抜くという目的は果たせたが、胃袋を掴む作戦は失敗だ。ディアは無言で弁当箱を鞄に入れ、研究室を走り出た。
◆
翌日からトリアス嬢は姿を見せなくなった。ローエンが研究室に着くと、既に弁当がテーブルに置いてある。食べ終えた容器は次の日には無くなっていた。最後に会った時の様子も気になる。1週間後、ローエンは少し早く出勤して、飼育小屋に行ってみた。
「あ。クリティシャス先生。ごきげんよう」
カリス嬢が1人で卵を拾っていた。
「ごきげんよう。今日はトリアス嬢も当番じゃなかった?」
「はい。でも、私が来た時には大体終わってたんです。ディアナ様、どうなさったのでしょう?」
令嬢も首を傾げている。そろそろチューターから離れたらと勧めたのが良くなかったのか。一人はまだ不安だったのかな。友達だというカリス嬢に説明すると、
「まあ!なんて事を!見損ないましたわ!先生ったら!」
と顔を真っ赤にして怒った。知らずに乙女の逆鱗に触れてしまったようだ。
「あれほど先生をお慕いしていたのに!」
さっぱり分からない。
「何のことだい?」
「暮れゆく空の藍色と、一番星の瞳をお忘れなの?毎夜、四姉妹とお休みになった事も?」
ローエンは衝撃でよろめいた。それは15年前に失った竜と自分だけの記憶だ。何故、知っている。カリス嬢は泣きながら言った。
「殻を破ったのは先生でしょう!どうして離れろだなんておっしゃるの?可哀想なディアナ、いえインディアナ様。生まれ変わっても愛する先生の側にいたかった。そのお気持ちを察してくださいまし!」