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05 エドワード王子

            ◆



 公爵令嬢が編入して暫くすると、男子生徒が研究室の周りをウロウロし始めた。美少女とお近づきになりたいのだろう。ローエンに虫除けの仕事も加わる。車寄せまでの送迎やら、教室移動にも付き添った。まるで護衛か従僕だ。しかし彼にも教師の本分がある。ある日、令嬢が一人になった時にトラブルが起こった。


 呼ばれて救護室に駆けつけると、20人以上の女学生が手に切り傷を負って泣いている。


「手伝います」


 医師の資格を持つローエンは助力を申し出た。保健医はホッとしたように言った。


「お願いします。鳥につつかれたらしいので、消毒はしっかりとしてください」


「鳥?飼育小屋の鶏?」


「違います。野生の鳶みたいなやつです」


 髪をグシャグシャに乱した女生徒は涙声で答えた。ローエンは彼女の傷を洗って消毒し、薬を塗って油紙を当てると包帯を巻いた。すぐに治るし跡も残らないと話すと安堵していた。全員の治療を終えた頃に生徒会の役員が入ってきて、事情を尋ねた。


「聞いてお兄様!トリアス嬢が私達の婚約者に近づいたのよ!」


 巻き髪の女生徒が叫んだ。ローエンは救護室を見回した。トリアス嬢はいない。


「落ち着いて。ちゃんと分かるように説明しなさい。ジェーン」


 生徒会長が宥めた。そう言えば、巻き髪の少女はジェーン王女だ。その兄なら会長はエドワード王子か。今年は王族率が高いな。ローエンは保健医が淹れてくれた茶を飲みながら眺めていた。


 王女の話を要約するとこうだ。トリアス嬢が王女や女生徒達の婚約者を誘惑した。裏庭で彼女に注意をしていたら、突然、鳥が襲いかかってきた。


「…誘惑したという証拠は?20人以上と同時に交際することは可能だろうか?お前の話は矛盾だらけだよ」


「だ…だって」


 王子は一刀両断した。この国の未来は明るそうだ。良かった良かった。


「今回は見逃すけど、大勢で1人を責めるのも良くない。不満があれば生徒会に訴えなさい。必ず証拠と証人を用意して。捏造や偽証は退学処分もあるからね。…クリティシャス先生。トリアス嬢の話も聞きたいのですが」


 王子は公爵令嬢の居場所を尋ねた。ローエンは役員数名を連れて研究室に戻った。



            ◆



 頭の悪い妹を持つと苦労する。またくだらない苛めだ。鳶の群れは偶然だろうが、いい薬になった。エドワードは内心の苛立ちを隠して教師の後ろを歩いていた。生物研究室のドアを開けると藍色の髪の少女が振り向いた。


「トリアス嬢。こちらは生徒会長のエドワード殿下だ。先程の一件で話を聞きにいらした」


「初めまして。少し良いかい?」


 小さなソファなので、エドワードと令嬢だけが向かい合って座った。金色の瞳が真っ直ぐ王子の目を見た。


「私は悪くない。言い掛かり」


 令嬢は無罪を主張した。すかさず教師が注意をする。


「トリアス嬢。王族だ。敬語で」


「学園内では出自を理由に優位を主張してはならないはず」


「建前はね。実際は違う」


「…」


 不機嫌そうな顔も美しい。なるほど、男子生徒が騒ぐのも分かる。あと数年したら、絶世の美女になるだろう。藍色の豊かな髪が何かを思い出させる。エドワードがじっと見つめていると、トリアス嬢はますます顔を顰めた。


「それで、何を話せば良い?」


 やはり敬語は使わない。王子は気にせずに訊いた。


「女生徒達とどんな話をしたのか教えてほしい」


「6時間目が終わった直後、巻き髪の手下に呼び出された。裏庭に行くと巻き髪が言った『さすがに卑しい平民ね。令息達を誘惑するなんて。これ以上あたくし達の婚約者に近づいたら、タダじゃおかないわよ。分かったら手をついて謝りなさい』。私は言った『何の事か分からない』。巻き髪は怒って扇を投げつけた『お黙り。私生児のくせに。あたくしは王女よ。お前なんか不敬罪で追放にできるのよ。今すぐ謝れば許してやるわ』。他の女達も『謝りなさい』を連呼した」


 まるで報告のように淡々と話す。エドワードも役員達も沈黙した。多分、一言一句その通りなのだろう。妹は公爵家の血筋を侮辱している。訴えられたら庇えない。


「え?君、公爵夫妻の実子だったよね?」


 誰も口に出せない所を教師が突いた。


「うん。生まれてすぐに拐われたんだって。最近、見つかって引き取られた」


 トリアス嬢は何でもないように答える。


「言っちゃって良いの?!」


「良い。そのうち公表するって父が言ってたし。巻き髪の誤解も解けると思う」


「巻き髪じゃなくてジェーン王女」


「どっちでもいい」


 とりあえず公爵家を敵に回す心配は無さそうだ。エドワードはトリアス嬢に謝罪した。


「妹の暴走だったようだね。すまなかった。よく言い聞かせるから、許してほしい」


 金の瞳が王子を睨んだ。やはりどこかで見たことがある。しかし思い出せない。


「巻き髪が自分で謝るべき。甘やかすの、良くない」


 令嬢はキッパリと言った。その通りだ。たった1人の王女だからと甘やかし過ぎた。あれでは降嫁しても苦労する。エドワードは事情聴取を終わらせた。教師と令嬢に礼を言って立ち上がり、ふと気になっていたことを訊いた。


「君は鳶に襲われなかったのかい?」


「すぐ逃げたから」


 それ以降、トリアス嬢を表立って虐める者はいない。エドワードはどうしても令嬢を知っているという既視感が拭えず、側近を使って調べさせていると、誤解した母が花嫁選びの舞踏会への招待状を公爵家に送ってしまった。気づいた時には学園は長期休暇に入っていた。

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